B.バルトーク 管弦楽のための協奏曲

指揮ラフェエル・クーベリック
演奏バイエルン放送交響楽団
録音1978年3月30日
カップリングバルトーク 弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽
発売ORFEO
CD番号C 551 011 B


このCDを聴いた感想です。


 なんだか、三つ揃いを着た愛想の良い紳士といったイメージがする演奏です。
 崩れたところが無く、細部まで神経が行き届き、押し出しも良く堂々としています。
 さらに、よくまとまっているのに、聴く者を寄せ付けないような厳しいものではなく、むしろ「ウェルカム」といった風に、積極的にアピールしてきます。
 それは、メロディーの歌わせた方にも表れています。
 感情をたっぷり込めて朗々と歌わせているのではないのですが、ちょっとしたニュアンスの変化などで表情をつけ、楽しげに歌わせています。
 第3楽章の『哀歌』などは、大抵の演奏では物悲しく泣き叫ぶような雰囲気があるのですが、クーベリックの演奏では、短調ということを忘れてしまうぐらい明るく活動的な音楽になっています。
 まず音色からして南欧系の明るい音色なのであまり沈んだ雰囲気ではありません。
 さらに絶望するような激しい悲しみでもなく、もちろんだからといって感情を抑えて悲しみ堪えているようでもありません。
 音楽自体は暗い短調なのですが、そこには常に希望の光があるかのように、根底には明るさがあり、前向きで積極的に進んでいきます。
 既に『哀歌』というタイトルからはだいぶ離れてしまっているような気もするのですが、聴いていて違和感はありませんし、逆にこの曲はもともとこういう活き活きとした雰囲気の曲だったと思えてくるほどです。まあ、楽章の最後は長調で終わるのですし、こういう前向きな演奏もあっても良いのではないかとも思います。
 哀歌の印象が強烈で、第2楽章の『対の遊び』や第4楽章の『中断された間奏曲』は、その反動でかなり大人しく聞こえます。
 といっても、もともと『対の遊び』は曲調自体が落ち着いてますから、それが普通なのかもしれません。ここでのクーベリックは、精緻という言葉そのままにソロに細かく抑揚をつけて表情を作っていますが、あまり大きく歌わせずに、雛鳥みたいに小さく抑えています。
 一方、『中断された間奏曲』は、シンバルが唯一ここだけ登場するように本来は決して地味な楽章ではないのですが、クーベリックはメロディーをじっくりと歌わせる方に重点を置いて、あまり弾けるような明るさは感じられません。
 むしろ、がっちりと締まっているような印象が強く、有名なショスタコーヴィチの第7番のパロディ(別名、マキシムのパロディとも言えますが)や笑い声を表現したといわれる金管のトリルやシンバルの三連発も、音楽こそ長調になっていますが、どちらかというと暗めで、無理やり明るく振舞ってみましたよ、というイメージを感じるほどです。
 なんだか、第3楽章よりもこちらの第4楽章の方が哀歌に相応しいような雰囲気です。
 両端の第1・5楽章は、さすがに明るく華やかです。
 両楽章とも速い動きが多く、ここはオーケストラの上手さが光っています。
 ただアンサンブルが合っているというだけでなく、待ってましたとばかりに積極的に前へと飛ばしていく姿は、聴いていて楽しくなってきます。
 金管も、明るいながらも厚みのある音で、パートやセクション全体で一体となって一つの大きな響きを作り上げているところなんかは、その堂々たる濃い響きに、やはり圧倒されるような力を感じます。
 この演奏はライブ録音なので、クーベリックもノッて演奏しているのかもしれません。
 あ、ちなみに、曲の最後は、全体が上に駆け上がって終わる、長い方の終結部が採用されています。(2004/4/17)


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