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※このSSは「シスタープリンセス」のパロディーです。「電撃G'sマガジン」か、「シスタープリンセス」のゲームをプレイされていないと意味不明だと思います。


お姉ちゃん


 窓から暖かな光が差し込んでくる午後のひと時。
 居間のステレオからは、優雅にモーツァルトが流れてくる。
 中央のテーブルには白いレースのテーブルクロス。
 私は、その上に銀のお盆を置く。
 お盆の上には、紅茶のポットとお気に入りのティーカップ。
 ポットからは、薄っすらと湯気が立ち昇っている。
 湯気と共に、紅茶の香りがゆっくりと居間を満たしていく。
 うん。良い香り。
 こんな麗らかな午後は、やっぱりアフタヌーンティーね。
 慌しい普段とは、時間の流れが全く違うみたい。
 優雅なアフタヌーンティーに欠かせないのが、香り豊かな紅茶とおいしいお菓子。
 そして、この大切なひと時を一緒に過ごすのは、私の大好きな……
 ガチャ
「やあ、咲耶。お茶にするんだろう?」
「まあ、お兄様。グッドタイミングだわ」
 私はとびっきりの笑顔で振り向く。
 廊下から扉を開けて入って来たのは、もちろん私の愛するお兄様。
「今、ちょうどお兄様を呼びに行こうかと思っていたところなのよ」
「やっぱりそうか。たぶんそうじゃないだろうかと思ったよ」
 後ろ手で扉を閉めたお兄様は、ゆっくりとテーブルに近づいて来る。
「えっ? 私が呼びに行こうとしているのが、何でわかったの?」
 ちょっとびっくり。
 あっ、でも…
「わかったわ! ついに私とお兄様の間の愛で心が通じ合うようになったんだわ! うれしい……お兄様も私の愛に応えてくれたのね!」
「違う違う」
 苦笑しながら、手を左右に振るお兄様。
 ちぇ。
 てっきりお兄様と心が通じるようになったかと思って喜んだのに。
「ほら、咲耶の好きなその紅茶、アールグレイじゃないか。結構強い匂いがするから、廊下にいてもすぐにわかるんだよ」
「あっ、お兄様、もしかしてアールグレイって嫌いだったかしら?」
 ちょっと心配になる。
 紅茶の中でもお気に入りのアールグレイ。
 私はその匂いがたまらなく好きなんだけど、強い香りだから気にする人も多い。
 もし、お兄様が嫌いだったらどうしよう……
「あ、大丈夫大丈夫。俺は別に嫌いじゃないから。うん。俺にも一杯貰えるかな」
「もちろん。喜んで」
 良かった。お兄様が嫌いじゃなくて。
 椅子を引いて、座ろうとするお兄様が、ふとテーブルの上のお菓子に目を止める。
「おや? このクッキーはもしかして……」
「ふふふ、さすがお兄様、目が高いわね」
 私はもったいつけて両手で持ち上げてみせる。
「そう、美味しいと評判の駅前の『銀泉堂』のクッキーよっ!!」
「おおっ、やっぱりそうか。俺も噂はよく耳にしているんだけど、まだ食べた事が無いんだよ。いやー、楽しみだな」
「そうよねそうよね。ちょっと待ってて。いまお兄様の紅茶を淹れるから」
 ふふ、お兄様も喜んでくれたようね。
 やっぱり、一時間も並んで買った甲斐があるわ。
「でも、せっかくお茶にするのに、雛子は呼ばないのか?」
「えっ……」
 ポットにお湯を注いでいた私の手が思わず止まる。
「雛子ちゃんを……呼ぶの?」
 固まったまま顔を上げる私を、お兄様が不思議そうに眺める。
「家には三人しかいないんだし、せっかくお茶にするんだったら雛子も呼んだらいいだろう」
「そ、そうよね……」
 私のぎこちない様子に、お兄様は不審の色を浮かべる。
「……もしかして、雛子と咲耶ってあまり仲が良くないのか?」
「ううん! そんなことないわよ!」
 ちょっと不自然なくらいのオーバーアクションだったけど、お兄様はとりあえず表情を和らげてくれた。
「だったら呼んで来ればいいじゃないか。咲耶、何か変だぞ?」
「……わかったわ」
 はぁ……
 私は、お兄様に気付かれないように一つため息をついて、廊下に出る。
 そのまま階段の下まで行き、上を見上げる。
 上の部屋には確かに雛子ちゃんがいる気配がする。
 私はもう一つため息をつき、声を張り上げるために大きく息を吸い込んだ。
「雛子ちゃーん! お茶にするけど降りてくるーっ?」
 一瞬、間が空いた後、返事が戻ってきた。
「うん! 行くー!」
 と同時に部屋の扉が開いて飛び出してくる。
 そのままの勢いで階段を降りようとして……
「あっ」
 踏み外した。
「きゃーーーーーっっっっ!!!!」
 ズダダダダダダッッッッッ!!!!
 一挙にずり落ちて来て、私の足元にへたり込み、その直後、
「うわあぁーーーーーん!」
 火のついたように泣きだした。
「な、なんだ? 今のもの凄い物音は?」
 居間からは、お兄様も慌てて駆けつけてくる。
「うわあぁーーーーん! おにいたまーーっ! いたいよーーーっっ!!」
「大丈夫か! 雛子。痛いところを今さすってやるからな」
「う、うん……ひぃっく…」
「ほらっ、もう大丈夫だ。立てるか?」
「うん……ぐすっ…」
 ゆっくりと立ち上がる雛子ちゃん。
 でも、その頭は、私の肩にも届かない。
 そりゃそうね。身長が27センチも違うんだもの。
 加えて、子供っぽい外見に子供っぽい喋り方。
 はぁ……
 私は、改めて雛子ちゃんを見てため息をついた。
 本当に信じられないわ。
 これが私の……
 
 実の『姉』だなんて。
 
 嘘じゃない。
 正真正銘。
 しかも三つも年上。
 
 まだグズッている雛子ちゃんに、お兄様が優しく声をかける。
「ほら、雛子。お茶にしよう。おいしいクッキーもあるぞ」
「ふぇ……クッキー!? うん! ヒナ、食べる食べる!」
 さっきまで泣いていたのが嘘みたい。
 クッキーと聞いた途端、ニッコリ笑顔になる。
 私は、楽しそうに居間に戻っていく二人の後を、のろのろとついていく。
「雛子も、階段を降りて来るときには、気をつけなきゃダメだぞ」
「えへへへ。ゴメンナサイ、おにいたま。ヒナ、これから気をつけるね」
 ……っもう、その年になって、『おにいたま』や『ヒナ』は無いでしょ!
「でもね、ヒナ、おにいたまにこれを見せたくって、ついあわてちゃったんだ。はいっ!」
 そう言って、雛子ちゃんが、お兄様に渡したのは……テスト用紙!?
「おっ、95点か。相変わらず雛子は成績が良いな」
 きゅ、95点……
「ありがとう、おにいたま。でもね、ヒナ、ちょっとしょぼーんなの。ここも、もうちょっとウーンってよく見れば、間違えなかったのに……」
「まあ、今度気をつければいいじゃないか。ん……ということは、咲耶もそろそろテストが返って来る頃じゃないか?」
 ぎ、ぎっくーー
 せっかく、その話題には、できるだけ触れないようにしていたのに、もう雛子ちゃんのバカァッ!
「あは、ははは……、テ、テストね……え、えーと、そんなもの、あったっけ?」
「咲耶……往生際が悪いぞ。正直に言ってみろ」
 ううっ、お兄様の目が厳しい。
「え、えーと………………29点……」
「………もしかして、『赤』か?」
「……………………………………うん…」
「……はぁ」
 な、なによ。そんなに溜息つくこと無いじゃない。
 私だって頑張ってるのよ!
 そりゃ、雛子ちゃんに較べれば……較べれば………
 
 そう、雛子ちゃんは頭がよい。
 とても、そうは見えないけど……
 成績はトップクラスだし。
 不思議よねー
 私だって、体育の成績ならトップなのに……
 
 それまで、クッキーを口いっぱいにほおばっていた雛子ちゃんが、急に私の方に振り向く。
「ねえねえ、咲耶ちゃん。だったら、ヒナがお勉強をみてあげようか?」
「ええっ!?」
 雛子ちゃんが、私に勉強を教えるのっ!?
 そりゃ、確かに雛子ちゃんは勉強できるけど……できるけど……
 教えてもらうのは正直言ってちょっと……
 別に、私より子供っぽい雛子ちゃんの方が頭が良いのがくやしいんじゃない。
 いや、本当はそれもあるかな?
 でも、それよりももっと困る理由がある。
 前に一度、教えてもらったけど、その時も……
 と、そんな風に考えていると、雛子ちゃんは、私が嫌がっている事に気がついたのか、悲しそうにうつむいた。
「ううっ……咲耶ちゃんは、やっぱり、ヒナに勉強を見てもらうのが嫌なんだ。ヒナ、すっごくがんばって教えてあげようと思ったんだけど、必要なかったんだね……ぐすん」
 うっ……今にも泣きだしそう……
「いやいや、そんな事無いわよ。私、雛子ちゃんに勉強を教えて欲しいなーって思ってたところよ。うん」
 慌ててぶんぶんと首を左右に振る。
「ぐすん……ほんとに? 無理してない?」
「も、もちろんよっ! そんなわけないじゃないっ!」
「よかったぁ。それじゃ、後で部屋に行くね」
 ニッコリ笑った雛子ちゃんに、お兄様もティーカップを手に嬉しそうに微笑む。
「良かったじゃないか咲耶。雛子に勉強をしっかり教えてもらえよ」
 ううっ……
 心の中で、不満の声を上げる。
 お兄様は、雛子ちゃんの教え方がどんなのか知らないから気楽にそう言えるのよぉ!
 
 その夜、とりあえず、数学から教えて貰うことになったんだけど……
「えっとね、この問題はね。これをポーンとしてビロ〜ンって当てはめればシュルシュルって答えになるんだよ。くししし、簡単でしょ」
 ぜ、全然わからんーーーーっっっっ!!!
 そりゃ、雛子ちゃん自身はわかってるからそれで良いんでしょうよ。でも、私にはサッパリ何が何だか……
「あの、雛子ちゃん。もうちょっとわかりやすく説明してくれるとありがたいかなー なんて……あは、ははは……」
「えーーっ!? だったら、こっちはね、グニュグニュってして、キュ〜って引っ張ると……。ほら、ポコって答えが出てきた。ね、咲耶ちゃん。これだったらわかるよね?」
「さっきと、どう違うのよっっ!!!」
 もう! これだから教えてもらうのは嫌だったのよーーーっっっ!!!
 私は心の中で、血の涙を流して嘆くのだった。
 
 ☆☆☆☆☆
 
「……というわけで、昨日はヒドイ目にあったわ」
「ふーん。咲耶ちゃんも大変だね」
 次の日の休み時間、廊下で友達とおしゃべりしていると、ついつい昨日の愚痴になってしまった。
「はぁ…。私並みとは言わないけど、せめて歳相応になって欲しいわぁ」
「ということは、咲耶ちゃんは、自分では歳相応と思っていないわけ?」
「もちろんよ! 私は、お兄様に相応しいアダルトな女なんだから!」
「はいはい…。つまり、咲耶ちゃんはおばさんくさ…」
「誰がおばさんよっ!」
「きゃあ〜♪ 咲耶ちゃんに襲われる〜♪」
「もうっ、襲ってなんてないでしょっ」
「うふふ、ごめんごめん。……あっ、ほら、噂をすれば、あそこにお姉さんがいるじゃない」
「えっ? あ、ほんとだ」
 指差した方を見ると、たしかに雛子ちゃんがいる。
 クラスメートと一緒に掲示板を見てるみたいだけど、どう見ても、同じ学年には見えない。
 まるで、一人だけ小学生か幼稚園児が紛れ込んだみたいよねー
「おっ、あれが、噂の姉ちゃんか」
「……なによ、いきなり会話に加わってきて」
 後ろから聞こえてきた、同じクラスの男の子の声に、私は、じろりと冷たい視線で応える。
「いやあ、話にはよく聞いていたけど、実際に見るのは初めてだからな」
「……別に見せるようなものじゃないわよ」
 私の不機嫌そうな声をまるっきり無視して、何が面白いのか楽しそうに雛子ちゃんを見ている。
「なるほど、たしかに小っちゃいなぁ。これだったら、俺達の方がよっぽど年上に見えるぞ」
「……まあ、そうね」
 本当の事だから否定しないけど、思った事をすぐ口に出しちゃうなんて、やっぱりまだまだ子供ね。
 それに較べて、お兄様の大人っぽいこと!
 思いやりがあるし、落ち着いてるし、ああ、なんて頼りになるお兄様……
「おーい……また、いつもの世界に入っているみたいだぞ」
「ああもう、咲耶ちゃんったら、すぐ自分の世界に入るんだから」
 なによぅ、二人して呆れたような目で見たりして。
「でも、あの姉ちゃん、本当に小っちゃくて可愛いよな」
 ……ん?
「見たところ彼氏とかいないみたいだし、俺、アタックしてみようかなぁ」
「ダメーーーッッッッ!!」
 反射的に、力いっぱい止める。
「な、なんだよ。急に大声上げたりして」
「あのねえ、何を考えてるの! いくら小さいっていっても雛子ちゃんは、私たちより三つも年上なのよ! そんなこと私が許さないわよ!」
「って、言われてもなぁ。身長だって俺達より低いし、なんだかすごく子供っぽそうじゃないか」
「そ、そんなことないわよ! 雛子ちゃんは勉強だってできるし、見た目よりずっと、お、大人らしいんだからねっ!!」
「……だったら、何でどもってるんだ?」
「き、気のせいよっ! ……あっ」
 しまった。騒ぎすぎたわ。
 トテトテという足音とともに、雛子ちゃんが嬉しそうにこちらに近寄ってくる。
「わぁ、咲耶ちゃんもいたんだぁ。あのね、ヒナ、そこの掲示板のね、成績が良かった人のリストの上の方にのったんだよ。ね、すごいでしょ? でねでね、クラスのみんなからいーこいーこしてもらって、おまけに今からアイスクリームをごちそうしてくれるんだって、えへへ。ヒナ、もう、とっても楽しみ! …あっ、みんなが呼んでるからそろそろ行かなきゃ。ばいば〜い」
 雛子ちゃんは、風のように去って行ってしまった。
 後には呆然と取り残された私たち……
 男の子が、ゆっくりと私の方を向いて、おもむろに口を開く。
「……で、誰が大人っぽいって?」
 
 ☆☆☆☆☆
 
 もう! 雛子ちゃんのバカッッ!!
 せっかく私がフォローしたのに、台無しじゃない!
 苛立たしさは、放課後になっても収まらなかった。
 ヅカヅカと足音も高く家への道を歩く。
 そうよ、雛子ちゃんなんて、もう知らないっっ!! ……ん?
 
「……雛子ちゃんったら、そんなに急いで食べる事なかったのに」
「えへへへ。だってだって、アイス、とーっても、おいしかったんだもんっ!」
「ふふっ、でも、雛子ちゃんが喜んでくれて私たちも嬉しかったな。あ、ここでお別れだね。じゃあ、雛子ちゃん、また、明日ねー」
「うん! みんな今日はありがと。ばいば〜い!」
 
 目の前に雛子ちゃんがいた。
 ぶんぶんと大きくてを振ってクラスメートたちと分かれると、家の方に向かってトコトコ歩いて行く。
「るんるん、るるる、るんるりら〜」
 鼻歌交じりに楽しそうに歩いている。
 
 くぬぬぬぬっっ!!
 
 握り込めた拳がワナワナと震える。
 私の必死のフォローも知らずに、何をのん気に歩いているのよっ!!
 
「ちょっと! 雛子ちゃんっ!!」
「ふぇ? あ、咲耶ちゃんだ♪」
 不思議そうに、こっちを振り向いた直後、私を見つけて満面の笑顔でパタパタと駆け寄ってくる。
「あのねあのね。咲耶ちゃん。今日ねえ、ヒナ、みんなにアイスをごちそうしてもらったんだよ。とーっても、おいしかったの……って、あれ? 咲耶ちゃん、どうしたの? そんな怖い顔して?」
「……雛子ちゃん。ちょっと、聞きなさい」
「う、うん。……なぁに」
 私は、雛子ちゃんを思いっきり睨みつけた。
「あのねえ、雛子ちゃん。あなたは私より年上なのよ! どうして、もっと年上らしくできないのよ!」
「え? え? で、でも、ヒナ、そんなこと急にいわれても……」
「だいたいねえ、その年になって、その喋り方はないでしょ! 自分の事を『ヒナ』って言うのを、まず止めなさいよ!」
「だ、だって、ヒナは、ずっとヒナだったし……」
「『だって』じゃないわよ! そんなんだから子供っぽいって言われるのよ! 私みたいにとは言わないけど、せめて年相応の格好をしてよ! 雛子ちゃん! 三つも年下の私のクラスメートにすら『子供っぽい』って言われてるのよ! わかるっ!?」
「で、でも……ヒナ、咲耶ちゃんみたいに大人っぽくないもの……ぐす…ひぃっく……」
「ああっ! もう、泣かないでよ! 普通、妹が泣いても姉は泣かないものなのに……」
 はぁー……
 泣きべそをかいている雛子ちゃんを見て、内心で大きくため息をついた時、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
「あれっ? 雛子と咲耶じゃないか。こんなところでどうしたんだ?」
 あっ、この声は……
 声のした方にくるっと振り向いて、ニッコリ笑う。
「お兄様♪ こんなところで会えるなんて、やっぱり運命に導かれてるのね♪ 今、お帰り?」
「あ、ああ、そうだけど……ん? どうしたんだ! 雛子、泣いてるじゃないかっ!」
 あっ……
 お兄様は、私の目の前をあっさり通りすぎて、雛子ちゃんに駆け寄ってしまう。
「う、うん……ぐすん……さ、咲耶ちゃんがね……」
「咲耶? おいっ、咲耶! 一体どうしたんだ!」
「え、あ、あのー…えーと……」
 ……何て答えればいいのだろう。
「おいっ! 咲耶っ!」
 お兄様が、私の肩をつかんで揺さぶる。
 ……私はただ、雛子ちゃんに年上らしくなって欲しかっただけなのに……
 でも、雛子ちゃんが泣いているのも事実だし……
「答えてくれ! 咲耶! ……ん?」
 くいくい。
 泣きながら、雛子ちゃんがお兄様の上着の裾を引っ張っている。
「ぐす……おにいたま…あのね、咲耶ちゃんはわるくないの……ぐすん……咲耶ちゃんは……ヒナがもっとおとなっぽくなったほうがいいって……心配してくれた……だけなの……」
 雛子ちゃんの顔を見て言葉を聞いていたお兄様は、急に険しい表情を私に向けた。
「咲耶! 雛子にそんな事を言ったのか!」
「う、うん……」
 力無く、私は頷く。
「何を考えてるんだ! 雛子は咲耶じゃないし、咲耶も雛子じゃないんだぞ! 何でも自分を基準に考えるんじゃない!」
「で、でも、お兄様……私は、ただ、雛子ちゃんに、年相応の…」
「あのなあ。そんなの無理に強制するものじゃないだろ? さ、雛子に謝るんだ」
 お兄様に促されて、雛子ちゃんに目を向ける。
 もう泣き止んではいるものの、お兄様の上着の裾をギュッと握り締めて、目に涙を浮かべたまま上目遣いで私を見上げている。
「………」
 
 ……これが年上?
 
「ん? どうしたんだ咲耶。さあ」
 
 ……これが実の姉?
 
「……い」
「い?」
「いやよっっ!!!」
 大声で叫ぶ。
「なっ!? 咲耶っ!?」
「私は認めないわっ!! こんなの姉じゃないわっっ!!」
「おいっ! 咲耶っ!!」
「だいたいお兄様もお兄様よ! いっつもいっつも、雛子ちゃんの肩ばっかり持って。どうせ私なんてどうでもいいって思ってるに決まってるわ!」
「ちょ、ちょっと待て咲耶」
「お兄様の……バカッッッッ!!!」
 そう言い捨てると、私は振り向いて全力で駈け出した。
 お兄様が後ろから声をかけたけど、聞こえないし聞きたくない。
 もういいの。私なんて……
 
 どれぐらい走ったんだろう。
 私は疲れ果ててトボトボと歩いていた。
 ……これからどうしよう。
 家には帰りづらいし、かといって、いつまでもこうしてるわけにもいかないし。
 あーあ、誰か友達に連絡して、今夜一晩だけでも泊めてもらおうかなぁ……
 
 そういうふうに、考え事をしながら歩いていたのがいけなかったのかもしれない。
 
 ムギュ
 あらっ?
 
 黒いブラシのようなものを踏んでしまった。
 ブラシには白黒まだらのふさふさした小山がつながっている。
 小山の反対側がムクッと起き上がって、こちらを振り向いた。
「ウウゥゥッッーー……」
 60〜70センチはあろうかという、大きな犬だった。
 恐ろしい顔で、唸り声を出して威嚇している。
「えーと………ごめん。許してね♪」
「ワンワンワンッッッッ!!!」
 あーん、やっぱり、ニッコリ笑ってごまかす作戦は通じなかったかぁ。
 くっ……こうなったら、逃げるしかないわ。
 クルッとその犬に背を向けて、一目散に駆け出す。
 しばらくたって、走りながら後ろをチラーっと盗み見ると……
 
 いやーーーっっ!! まだついてきてるっ!!
 
 さっきの犬が私の後ろを凄い勢いで追いかけてくる。
 はっ! まさか、あの顔は……狼!?
 もし、本当にそうだったら……いや! そんなはずがないわ! 狼なんて日本にはもういないはず!
 というか、お願いだから間違いであってーーーーっっ!!
 
 はぁ、はぁ、はぁ……っ!
 しまったっ!
 
 夢中で走っているうちに、気がついたら空き地に迷い込んでしまった。
 そして目の前にはブロック塀。
 顔を引きつらせながら後ろを振り向くと、眼を爛々と輝かせたさっきの犬が、荒く息を吐きながらゆっくりと近づいてくる。
 
 逃げ場がないっ!!
 
 その時だった。
 
「ダメーーーーっっっ!!!」
 
 視界の端から黄色い塊が凄い勢いで飛び込んできて、犬の横から思いっきり体当たりした。
 
「咲耶ちゃんのこと、カプッてしちゃダメ!」
 
 えっ!? この声は……雛子ちゃん…なの?
 
 飛び込んできた黄色い塊は、雛子ちゃんだった。
 犬と一緒に地面に転がった雛子ちゃんは、すぐに起き上がると私の方に駆け寄ってくる。
 呆然としている私の傍まで来ると、くるっと振り返って私を庇うように犬との間に立ちはだかり、一所懸命手を広げた。
「あのねあのね! とにかくダメなの! カプッてしたらとってもイタイの。だからね……ぐすん……咲耶ちゃんを…カプッてしないで……ひぃっく……」
 
 雛子ちゃん……
 
 目の前の、雛子ちゃんの小さな身体から目が離せなかった。
 精一杯広げた腕がガタガタと細かく震えている。
 それに、さっきの体当たりで服も泥だらけ。
 
 ……でも、私の前に立っていてくれる。
 
「……雛子ちゃん」
 後ろからの私の声に、雛子ちゃんはブンブンと大きく首を横に振った。
「ヒナ、泣いてなんてないもん!……ぐすん…だって…だって……ヒナ、お姉ちゃんだもん……ひぃっく……お姉ちゃん…だから……咲耶ちゃんを……守らなきゃ……いけないの……ぐす……っ!!」
 雛子ちゃんが大きく息を呑んだ。
 
 ……あっ……だめ……
 
 さっきまで私達の様子を伺っていた犬が、ゆっくりとこっちに近づき始めた。
 口を薄く開き、余裕の笑みを浮かべている。
 もう、雛子ちゃんの目の前まで来ている。
 いやっ!!
 思わず、ギュッと目をつぶる。
 
 雛子ちゃんが……雛子ちゃんが……
 助けてっ!!
 
「助けてっ!! お兄様!!」
 
「呼んだかい?」
 
 えっ!?
 
 私の耳に、思わぬ返事が聞こえた。
 恐る恐る目を開けると、そこにはお兄様の姿があった。
 しっかりと犬の首のところを押さえて、ニッコリと笑っている。
「た、助かったのね……私たち…」
 力が抜けて、その場にペタンと座り込んでしまう。
「お、おにいたまぁぁぁ!! 怖かったよぅっっっ!! うわあぁーーーーーん!!!!」
 雛子ちゃんも、お兄様に飛びついて泣きじゃくっている。
「ははは、あんまり怖がったら可哀想だよ。コイツは噛むつもりなんてなかったんだから」
 
 ……は?
 
 笑いながら、犬の首のところを軽く叩いているお兄様を、まじまじと見つめる。
「えっ? だ、だって、私を、あんなにしつこく追いまわしてたのよ!」
「うん。たぶん最初に追い始めた時は怒ってたんだろうけど、追っているうちに、なんで追いかけてるか忘れちゃって、単純に咲耶が逃げてるのが、遊んでくれてるように見えて、追いかけてたんじゃないかな」
「で、でも、こんな狼みたいな怖い顔で怒ってるじゃない」
「ああ、これかい。コイツはね、シベリアン・ハスキーって種類の犬で、地顔がこういう狼みたいな顔なんだ。だから、怖い顔をしてるからといって、別に怒ってるわけじゃないんだよ。な、ほら」
 お兄様が、その犬の顔の前に手を出すと、その犬は、怖い顔のまま、お兄様の手をペロペロ舐めている。
 
 そ、そうなんだ……
 
「おにいたまぁ……ぐすん……ヒナ…ヒナ、とってもとっても…こわかったよぉ……ひぃっく…」
 雛子ちゃんは、お兄様の上着を力一杯握り締めたまま、まだしゃくりあげていた。
「ほら、よしよし、もう大丈夫だ」
 そんな雛子ちゃんを、お兄様は優しく撫でる。
 お兄様と一緒なら、雛子ちゃんも妹でいられる……
 雛子ちゃんを見つめながら、私は、心の中でそっとつぶやいた。
 
 ……さっきはごめんなさい。
 
 そして、助けてくれてありがとう……
 
 ☆☆☆☆☆
 
 ホームルーム前の朝の廊下。
 一緒に登校した雛子ちゃんとは、ここで別れてそれぞれの教室へ向かうことになる。
「じゃあ、雛子ちゃん。また後でね」
「うん! ヒナ、きょうもゲンゲンげんきにがんばるよ! ばいば〜い!」
 大きく手を振って、楽しそうに歩いて行く雛子ちゃんを見送っていると、後ろから声が掛かった。
「よう、おはよう」
「あら、おはよう」
 振り返ると、昨日の男の子だった。
 男の子は、向こうの角を曲がっていく雛子ちゃんを残念そうに見送る。
「しまったなあ。もうちょっと早く来れば、声がかけられたのに……」
 くやしがる男の子に、思わず笑ってしまう。
「うふふっ。まあ、頑張ってね」
 私の言葉に、男の子は目を丸くして私の方を向いた。
「あれ?……昨日あれだけ反対していたのに、今日は応援してくれるのか?」
「ええ、もちろんよ。でも、雛子ちゃんがいくら子供っぽくても、そう簡単には行かないわよ」
「え? どうしてだい?」
 
 不思議そうに訊き返す男の子に、
 私はニッコリ笑って答える。
 
「だって、雛子ちゃんは……私の『お姉ちゃん』なんだから!」
 
 
 〜 完 〜
 
 
 あとがき
 
 この話はシスプリパラダイスさんに投稿した話です。
 
 えーと……常識に挑戦シリーズ(?)といったところでしょうか(笑)
 シスプリの妹達には、身長の設定はあるのですが、年齢の設定はありません(少なくとも本誌の方では)
 でも、身長と言動から、大抵の人が、咲耶が最年長で、雛子が最年少だと考えてらっしゃると思います。
 しかし、年齢の設定がなく、しかも、妹同士の間では「お姉ちゃん」と呼ぶ事もありません。
 だったら、順番が逆でも良いじゃないかと思い、書いてみました。
 実際、現実には、背が低くて子供っぽい姉と、背が高くて大人っぽい妹という取り合わせは、決して珍しくありませんしね(笑)
 
 2003年6月13日完成
 2003年7月26日発表

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