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※このSSは「シスタープリンセス」のパロディーです。「電撃G'sマガジン」か、「シスタープリンセス」のゲームをプレイされていないと意味不明だと思います。


星に願いを


 
「むむむっっ!」
 
 衛は相手を力いっぱい睨みつけた。
 
「くぬぬぬっっ!」
 
 瞬き一つしないで鋭い視線を向ける。
 
「うぐぐぐっっ!」
 
 食いしばった口元から知らず知らずのうちに唸り声が漏れている。
 まるでライオンでも相手にしているかのような迫力だ。
 しかし、相手は全く動揺した様子が無い。
 
 タラリ……
 
 衛の額を脂汗が流れる。
(やっぱりボクは勝てないのか…… いや! あにぃのために頑張るんだ! 逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……)
 挫けそうになった気力を奮い起こして、今までよりもさらに力を込めて強く睨む。
 それでも、相手はその眼光をことごとく跳ね返し、表情に変化を見せない。
 
 スッ……
 
 衛が視線を逸らす。
 負けたのは、衛の方だった。
 手から力が抜けて、力一杯つかんでいた相手を放す。
 
 パタリ。
 
 支えを失った相手は後ろに倒れた。
 天井の照明が表面の『国語』という文字に反射する。
 
 衛の相手……
 
 その名を『教科書』という。
 
「あーん! ボクのバカ!バカ!バカ! 表紙をいくら睨んだって、勉強が進むわけ無いじゃないか!」
 
 衛は、勉強机の上に教科書を放り出し、椅子の背もたれに寄りかかって天井を見上げた。
「はぁ… もうテストは明日だっていうのに。このままじゃ… このままじゃ……」
 衛の脳裏を、前回のテストの成績表を兄に見せたときの記憶がよぎる。
 
 ☆☆☆☆☆
 
「うーん…… 衛、さすがにこの成績はちょっとマズイな」
「……はい」
 渋い顔をする兄と、その前で正座して縮こまる衛。
 兄の手にした衛の成績表には、軒並み赤い数字が並んでいた。
「はぁ……ここまで点数が赤一色だとある意味壮観だな」
「えへへ。あにぃ、そんなに褒めてくれるなんて照れちゃうな」
 パシィッ!
「誰が褒めてるんだ、誰が!」
「イタタタ…… もう、あにぃったら、成績表で叩く事無いじゃない」
「自業自得だ。それにしても、せめてこの一番酷い国語ぐらいなんとかならないか?」
 兄が指差す国語の点数は、見事なまでに一桁の数字ばかり並んでいる。
「そんなこといっても国語って難しいんだもん……」
 そう言い訳しながらますます小さくなる衛。
「いくら難しいっていっても限度があるだろう。……そうだな、ちょっとテストしてみるか」
「え? テストって?」
「今から俺の出す問題に答えるんだ」
「えーっっ! あにぃが問題出すの!?」
 不満そうな声を上げる衛に兄は苦笑する。
「大丈夫だよ。難しい問題じゃないって」
「うー……わかったよ」
 衛も渋々納得する。
「じゃあ、いくぞ? 平安時代に清少納言が書いた『枕草子』の第一段に『春はあけぼの』という有名な文章があるが、春が『あけぼの』なら、夏は何だ?」
 緊張しながら兄の言葉を待っていた衛の表情が目に見えて緩み、ホッと息をついた。
「問題って言うからどんな難しい問題かと思ったけど、良かった。そんな問題なんだ」
「ありゃ、さすがにこれは簡単過ぎたかな?」
 予想が外れて拍子抜けする兄に、衛は拳を振り上げて怒るマネをする。
「もう! 一体ボクの事なんだと思ってるの。そんなの簡単過ぎるよ! いくらボクの成績が良くないからといって、そこまでバカじゃないんだから!」
「いやー、ごめんごめん。さすがにちょっと過小評価していたかな?」
 ばつが悪そうに手を合わせて謝る兄に対し、自信たっぷりに胸を張る衛。
「当ったり前だよ! いい? 答えるよ。『夏は』ときたら、答えは『プール』に決まってるじゃない!」
 
「……は?」
 
 時が止まった………兄にとっての。
 一方、そんな事に全く気が付かない者も若干一名。
「あにぃ、ボーっとしてたらダメだよ。プールだよ、プール。聞いてなかったの?」
「ア…」
「『あ』?」
 固まった兄の様子に衛は首をかしげる。
「アホかぁぁぁっっっ!!!」
 向こう三軒隣から苦情が来そうなぐらい、兄の叫び声が辺り一面に響き渡る。
「ボク、アホじゃないよっ!」
 抗議する衛に兄は頭を掻きむしりながらまくし立てる。
「ええいっ! いつ平安時代にプールができた! だいたい『あけぼの』と『プール』じゃ全然つながらないだろうがっ!!」
「ええー? だって、『夏』って言えば『プール』に決まってるんじゃないの?」
 あまりの衛らしい発想にがっくりとうなだれる兄。
「……じゃあ、衛。『秋』は?」
「うーん……やっぱり『栗ごはん』かな! あれって美味しいよね!」
「………はぁ…」
「えっ? もしかして違うの!?」
 驚く衛の姿に、兄はさらにどんよりと落ち込む。
「………『冬』は?」
「え、えっとー……『スノボ』…かな?」
「………………」
「………………」
 重苦しい沈黙が二人に圧し掛かる。
「よし、決めた」
 その沈黙を破ったのは兄の方だった。
「……え? 何を?」
 うつむいていた衛も顔を上げる。
「もし、次回のテストでまた赤点だったら………向こう三ヶ月『お兄ちゃんの日』は無しだ!」
「ええっっっーーーー!!!」
 あまりのショックに反射的に立ちあがる衛。
「ヒドイよ! あにぃ! 横暴だよ!」
 そのままの勢いで兄の襟首を掴み、思いっきり前後に揺する。
 
 カックン、カックン、カックン
 
「ちょ、ちょっと待て衛! そんなに前後に揺さぶられると、息が……苦し……あっ………もう、ダメかも…」
 
 かくん。
 
「え!? あーーーっっ!! ゴメン! あにぃ!」
 口から半分魂が漏れ出している兄の様子に、衛が慌てて身体を揺する。
「はー……危うく、お花畑を越えて行くところだった……じゃあ、しょうがないなあ。ただ『お兄ちゃんの日』を無しにするだけじゃなくて、逆に、もし赤点じゃなかったら、次の日曜日は予定を変えて、衛に一日つきあってあげるってのでどうだ?」
「それ本当っ!!」
 衛が嬉しそうにグッと身を乗り出してくる。
「ああ、もちろんだとも」
「よしっ! ボク、次のテスト頑張るよ!」
「おっ、急にやる気になったな」
「もちろんだよ! あにぃ、次のテストは絶対良い点をとってみせるからね!」 
「よーし、その意気だ」
 
 ☆☆☆☆☆
 
 という会話を交わしたのが数ヶ月前。
 それからというもの、衛の頭の中は……
(あにぃに付き合ってもらうんだったら、やっぱりスノボかなぁ)
(いやいや、一日しかないんだから、スポーツ用品店巡りっても良いかも)
(でも、せっかくあにぃと一緒なら、映画かなあ……って、それじゃ、まるでデ、デ、デートみたいじゃない!)
 勉強なんてとっくにどこかへ消えてしまっていた。
 気が付けば、テストはもう明日。
 教科書を睨みながら頭を抱える衛がいた。
 
 衛はふと顔を上げて勉強机の前の窓を開けた。
 外はすっかり真っ暗で、空には星が瞬いている。
 窓から身を乗り出して、星を見上げる。
(お星様って、たしか三つの願いを叶えてくれるんだよね)
 衛は、手を胸の前で組み、切羽詰った表情で星を見つめる。
「お願いお星様! 三つなんて贅沢は言いません! いきなり最後のお願いで構いません! ボクの最後の願いは……ボクのこと、忘れてくださ…じゃなかった、明日のテストを何とかしてくださいっ!!」
 
「その願い! 叶えてあげまショウ!」
「だ、誰っ!?」
 
 突然、背後から聞こえた声に、衛は驚いて振り返る。
 部屋の中央には、衛に向かってビシッとVサインを突きつける一人の少女がいた。
「よ、四葉ちゃん!?」
「そのトーリ。美少女探偵、ただいま参上デス!」
「……自分から『美少女』って名乗るのもちょっとずうずうしいような気が……って、あれっ? そういえば、扉には鍵がかかっていた筈なのに、四葉ちゃん、どうやって入ってきたの?」
「フッフッフ… そんなこと、この美少女探偵の手にかかれば造作ないことデス。ここに取り出しましたる一本の針金。これで鍵穴をチョイチョイって突付けば、アラ不思議。まるで鍵がかかってないみたいにスムーズに扉が開け閉め…」
「それってピッキングじゃ…」
「ま、まあ、そう言わない事もないデスね」
「……というか、そうとしか言わないじゃないかな」
 四葉を見る衛の目がどんどん冷たくなっていく。
「ええーい! 衛ちゃん! そんな細かい事を気にしちゃ駄目デスよ! それよりも、もっと切羽詰った問題があるじゃないデスか!」
「そ、そうだった……」
 現実を思い出し愕然とする衛。
 四葉はひょいひょいっと机に近寄り、上に乗っている教科書に目を向ける。
「衛ちゃんの明日のテストは……なーるほど、国語デスか。丁度良いデス。ピッタリの先生をチェキしてありマス!」
「えっ? ピッタリの先生って?」
「フッフッフ、それは見てのお楽しみデス。さあ、先生! お願いしマス!」
 そう言いながら、四葉は手をサッと扉の方に振った。
 
 シーン……
 
「…………」
「………で?」
 物音一つしない扉に、衛が思いっきり冷たい声で突っ込む。
「あ、あれーっ!? おかしいデスね」
 四葉は、慌てて扉を開けて廊下をキョロキョロと見渡す。
「鈴凛ちゃーーーーん! どこに行ったんデスかぁっっ!!」
 ほどなく、パタパタと廊下を駈けて来る足音が聞こえ、部屋の入り口に息せき切った鈴凛の姿が現れた。
「ゴメンゴメン。長くかかりそうだったから、一回部屋に戻って、機械の組み立ての続きをやってたんだ。お待たせ! 衛ちゃん。私がバッチリ教えてあげるからね」
 ニッコリ笑う鈴凛とは対照的に、衛は疑わしそうな目つきで鈴凛を見ている。
「えーー……鈴凛ちゃんが先生なの?」
 衛の不満そうな声に、鈴凛はちょっとムッとして腕を組む。
「なによ。私じゃ不満だって言うの?」
「……だって、鈴凛ちゃんって、理系の教科はすごく成績良いけど、国語みたいな文系の教科って、ボクと成績はあんまり変らないんじゃ……」
 鈴凛の不機嫌な表情に圧倒されて、抗議する声がだんだん小さくなって行く衛に、四葉がフォローする。
「まあまあ、衛ちゃん。考えてみるデス。鈴凛ちゃんは、衛ちゃんの一つの上の学年デスよ。しかも同じ若草学院の。これがどーゆー意味か衛ちゃんもわかるでショウ?」
「あ、そうか……」
 ポンと手を打つ衛。
「そう、私は、今、衛ちゃんが勉強しているところを、既に去年やっているというワケ。これで私がバッチリ教えられる理由がわかったよね」
 得意げに胸を反らす鈴凛に、四葉も口を添える。
「そうそう、しかも、鈴凛ちゃんは、昨年の同じテストでバッチリ赤点をとって、その後の補習まで完璧に体験済みなんデス!」
「ちょ、ちょっと、四葉ちゃん。余計な事言わなくて……」
「つまり! これから衛ちゃんが辿る道を全てフォローできるのデス! これはもう、『赤ペン先生』の更に上を行く『赤テン先生』と呼ぶしか……フギャッ!」 
 
 バタッ  
「さっ、早速始めようか」
 何事も無かったように、鈴凛は真っ赤に染まったレンチを投げ捨てる。
 
 ガバッ!
 
「な、なにするチェキ! ズツーが痛いじゃないデスかっ!!」
 マッハの勢いで起き上がった四葉が、後頭部から真っ赤な液体を噴水のようにピューピュー吹き出しながら鈴凛に食って掛かる。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。四葉ちゃんならそれぐらいじゃ死にやしないって。」
 鈴凛は、パタパタと手を振って軽くあしらうと、クルッと衛の方に振り向いた。
「たしか今回のテストは短歌の実技があるんだよね」
「うん、そうなんだ。ボク、こういうのってどう作ったらいいのか、全然わからなくて……」
 自信無さそうに顔を曇らせる衛を見て、鈴凛はニヤッと笑う。
「ふふふ、そうだろうと思ったわ。そこで、私が発見した『下の句決定版』を教えてあげようと思ってね」
「えっ!? なにそれっ!?」
「もうビックリするわよ。この下の句はね、五七五の上の句さえ出来れば、どんな上の句にもつけられて、しかも、自分の気持ちをストレートに表現できるという魔法の句よ!」
「ほ、ほんとうに、そんな便利なものがあるの」
 衛は信じられないという面持ちで鈴凛を見つめる。
「ほんとほんと。この下の句は、なんと俳句にだってつけることができるんだよ!」
「……俳句って、それダケで、完結シテるものじゃ……フニャッ!!」
 四葉の頭に、本日二本目のレンチが舞う。
「それじゃ、早速教えてあげるね」
「ううっ…なんで四葉バッカリ……」
 ニッコリ笑った鈴凛とは対照的に、痛そうに頭を押えてうめく四葉だった。
「さあ、いいかな、衛ちゃん。その句とはっ!!」
「うんっ! その句とはっ!?」
 
「『それにつけても金の欲しさよ』」
 
「……は?」
 一瞬、理解ができず硬直する衛。
 鈴凛は、そんな衛の様子を全く気にせず、とうとうと説明を続ける。
「いいわよー、この句は。『古池や蛙飛び込む水の音』とか『柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺』とか、何にでも合うんだから。例えば『古池や蛙飛び込む水の音、それにつけても金の欲しさよ』とくれば、『古池に一匹の蛙が飛び込んで音を立てる。周りが静かな中で、その音と波紋だけが表われ静かに消えて行く侘び寂びが感じられる光景だ。ああ、それにしてもお金が欲しいなぁ』と、もう、私の気持ちがダイレクトに表せる…」
「……他の先生を呼んで来まショウか?」
「…うん。そうしてもらえるかな」
 そっと顔を見合わせて、頷きあった衛と四葉は、得意そうに語り続けている鈴凛を、扉の方に向かってグイグイと押していく。
「ちょ、ちょっとー! 私がせっかくこんなにお得な情報を教えてあげているのに、何で邪魔するのーっ!!」
 無言のまま、鈴凛を強引に部屋の外へ押し出した二人は、ピタッと扉を閉めて、息をついた。
「じゃ、次の先生を呼びマスね」
「……今度は、まともな先生だろうね」
 そう言って、疑わしそうな目を四葉に向ける。
「ダイジョーブ! 今度こそちゃんとした先生をチェキしてありマス!」
「……本当に大丈夫かなぁ」
 自信満々の四葉に、なおも疑心暗鬼な表情を見せる衛。
「フッフッフ、会えばすぐ納得できマスよ」
 そう言うと、さっき同様、扉に向かって大きく手を振る。
「さあ、先生! お願いしマス!」
 
「四葉ちゃんったら、大げさな……先生なんてそんな大層なものではありませんのに」
 恥かしそうに部屋の中に入ってきたのは、普段と変らぬ和服姿の春歌だった。
「あれっ? 春歌ちゃん!? いつもは道場とかで帰りが遅いのに、どうしてここに!?」
 衛が驚きの声を上げる。
「それはですね。兄君さまに頼ま……ゴホン、ゴホン。そう、衛ちゃんが、テストに向けて頑張ってらっしゃると小耳に挟んだもので、お手伝いしに参ったのですよ。ええ」
「えっ? あにぃがどうかしたの?」
「い、いえいえ、何でもありませんわ! それより、そろそろ勉強を始めた方がよろしいのではないでしょうか?」
「そ、そうだ……明日のテストが……」
 明日の事を思いだして衛は頭を抱える。
「その様子ですと、だいぶ切羽詰ってらっしゃるようですわね」
「う、うん……春歌ちゃん、何かいい方法はないかなぁ……」
 そんな衛を見て、春歌はちょっと考えると、急に厳しい顔つきに変った。
「もし、衛ちゃんが本当に何とかしたいのであれば、特訓するしかありませんわ。ただ、特訓はとても厳しいものです。衛ちゃんにその覚悟はありますか」
 衛は、一瞬事態が飲み込めなかったが、すぐに表情を引き締めゆっくりと頷いた。
「うん。ボク、がんばるよ。特訓を受ける!」
 春歌は満足そうに微笑んだ。
「その意気ですわ。特訓はつらいものですが、しっかりついて来てくださいね」
「よし! がんばるぞ!」
 
 そして、数十分後……
 
「衛ちゃん! これが覚えられなくてどうするんですか!」
「……ううっ、そんな事言われても」
「さあ! この動詞の活用は!」
「ええっと……何だっけ……」
「それじゃ! これはっ!」
「あぅ……」
「…………」
「ね、ねえ……そろそろ休憩しない?」
「……さっき、休憩したばかりではありませんでしたか」
「だ、だってー………」
「…………はぁ」
 衛のあまりの有様に、春歌は思わずため息を漏らす。
 ちなみに、四葉はといえば……とっくの昔に飽きてしまい、衛のベッドの上でスヤスヤと寝息を立てていた。
「わかりましたわ」
 春歌はそう言うと、スクッと立ちあがった。
「衛ちゃん。あなたには、勉強以前に集中力が足りないのですわ」
「うっ……そ、そうかも……」
 衛にも自覚があるだけに春歌の言葉は胸に突き刺さる。
「まず先に、集中力を鍛えないと勉強にならないようですわね」
「でも、どうやって鍛えるの?」
 不安そうな声をあげる衛に、春歌はニッコリ笑って答える。
「運動ですわ。運動。衛ちゃんは、まず得意な運動で集中力を鍛えればいいと思いますわ。こんなこともあろうかと思って、ワタクシ、ちゃんと用意してまいりました」
 そう言って、春歌は手に持ったものを衛に見せる。
「……ロウソクがどうしたの?」
 衛が不思議そうに首を捻る。
 それもそのはず、春歌が手にしていたのは、何の変哲も無い白いロウソクだった。
 春歌は、そのロクソクに火をつけて燭台に立て、それを衛の机の上に置く。
 そのまま、衛の手を引っ張って、机から最も遠く離れた壁際に連れて行った。
「…で、春歌ちゃん。いったいどうしようというの?」
 衛はさっぱり意味がわからず、頭の中をハテナマークが飛び交っている。
「いいですか。衛ちゃん。そこから拳を机の方に向かって突き出して……その勢いで机の上のロウソクの火を消すのですっ!!」
「ええーーーっっっ!!! そんなの無理だよ! だって、ここから机まで2メートル以上も離れているんだよ。ここからいくら拳を突き出したって、火が消えるわけ無いじゃない!」
 とんでもない春歌の言葉に、衛は思わず悲鳴を上げる。
 春歌は、驚く衛の正面から肩をつかみ、じっと目を見る。
「衛ちゃん。これは集中する事で気合を生み出し、遠く離れた敵を倒す『百歩神拳』という由緒正しい拳法なんですよ。それに、今の衛ちゃんが試験で赤点を取らないためには、道理を引っ込めて無理を通すぐらいの勢いが無くてどうするんですかっ!!」
 衛は、自分を見つめる春歌の瞳の中に、炎が立ち昇るのを感じた。
 そっと、肩から春歌の手を下ろし、そのままギュッと握り締める。
「わかった! ボク、これに賭けるよ! きっとマスターしてみせるよ!」
「頑張るのよ。衛ちゃん!」
 春歌も衛の手をしっかりと握り返す。
 
「うりゃーっっ!!」
「どりゃーっっ!!」
「せいっっっ!!」
 もう深夜だというのに、近所迷惑も顧みず、衛が力の限り叫ぶ!
 ひたすら、ロウソク目掛けて拳を繰り出す衛を、春歌は固唾を飲んで見守る。
 
 そして、ついに……
 
 ゆらっ……フッ……
 
 衛の拳によって、ロウソクの炎が消えた。
 
「やっ…た……やったーーっっっ!!! ついにボクは『百歩神拳』をマスターできたんだっ!!」
 跳びあがって喜ぶ衛。
「ついに…ついにやりましたわね。衛ちゃん。もう、これで集中力は何も心配要りませんわ……」
 春歌も、感激のあまり目頭を熱くする。
 
 その時……
「う、うーん……何の騒ぎデスか? あれ? 四葉、寝てたんデスね……」
 
 衛のあまりの喜びように、ベッドの上で寝息を立てていた四葉が寝ぼけ眼で起きあがった。
「あ、四葉ちゃん! きいてきいて! ボク、ついに『百歩神拳』をマスターしたんだよっ!!」
「えっ!? あの幻の拳法と言われた『百歩神拳』をデスかっ!! ホ、ホントにっ!?」
 一気に目が覚めた四葉は、目を大きく見開いた。
「ふふーん、凄いでしょ。一晩がんばったんだからね」
 得意げに胸を張る衛を、四葉は改めてしげしげと見つめる。
「ウーム……一晩かけたぐらいではマスターするなんてとても不可能なハズなのに……さすが、衛ちゃん、やるデスね! ………ン? 一晩かけた? ……それじゃ、勉強はどうなったんデスか?」
 
 ピタッ
 
 一瞬のうちに硬直する衛と春歌。
 次の瞬間、衛は猛然と時計を覗き込む。
「あ、あーーーっっっ!!!! ……終った…」
 ガックリとうなだれる衛。
 時計の針は、登校時刻5分前であった。
 
 ☆☆☆☆☆
 
 ガラガラガラ……
「……ただいま帰ったよ……」
「お、お帰りなさいデス。……衛ちゃん」
 夕方、扉を開けて玄関に入ってきた衛は、『敗残者』というタイトルがピッタリと合う、見事なほどの落ち込みっぷりだった。
「エ、エート……それで、今日のテストはどうだったデス……」
「はぁ……そういう事訊くかなぁ……あーあ、これで向こう三ヶ月『お兄ちゃんの日』は無しかぁ…」
「ん? それはどういう事デスか?」
「あ、そうか……四葉ちゃんには言ってなかったっけ。このテストでまた赤点を取ったら、これからの三ヶ月間『お兄ちゃんの日』は無しって、あにぃに言われたんだ……」
 衛の言葉を聞いて、目を丸くする四葉。
「そ、そうだったんデスか…… だから、昨日あれだけ頑張ってたんデスね……」
「うん……でも、その努力も結局無駄だったというわけ……」
 かける言葉が見つからず固まっている四葉をそのままに、衛はのそのそと自分の部屋に戻って行った。
 二日目のテストの勉強をする気にもなれずベッドに寝転がっていると、急に扉が開いて、四葉が飛び込んで来た。
「あ……四葉ちゃん……」
 衛はベッドに寝転がったまま、やる気無さそうに顔だけ扉の方に向けて、息せき切っている四葉をぼんやりと眺める。
「ハ、ハアハア……衛ちゃん! グッド・ニュースを持ってきましたヨッ!」
「グッド・ニュース?」
「そうデス! なんと兄チャマが、衛ちゃんにもう一回チャンスをくれると言ってくれたんデス!」
「ええっ!? それホントっっ!!」
 弾かれたように、ベッドから跳ね起きる。
「ど、どうして? 今日のテストは全然ダメだったのに」
「それはデスね。四葉が昨日の衛ちゃんの頑張りを兄チャマに教えてあげたら、『そんなに努力してるのなら今回は保留にしよう。代わりに、明日のテストで赤点を免れたら約束を叶えてやろう』と言ってくれたんデス」
 衛は、嬉しそうに報告する四葉の手をそっと握り締めた。
「ありがとう……四葉ちゃん。四葉ちゃんがいなかったら、ボク、どうなっていたのか……」
 涙ぐむ衛に、四葉は照れくさそうに俯く。
「ヤ、ヤダなぁ。衛ちゃんのタメなら当たり前デスよ。そんなに感謝されると四葉の方こそ困っちゃいマス……そ、そうだ! 明日のテストで赤点をとったら意味が無いじゃないデスか。今日も四葉、昨日よりも、もっともっとサポートしちゃいマスよ」
 衛も顔を上げてニッコリ笑う。
「そうだね。今日こそ頑張って昨日の分を取り返さなきゃ。あにぃとのデートのためにもがんばるぞっ!」
 
 ピシッ。
 四葉の笑顔が一瞬にして凍りつく。
 
「ま、衛ちゃん……今、なんて言いマシたか?」
「え? だから、テストを乗りきれば、あにぃとデートできるって話?」
「……さっき、聞いた話だと、赤点だと三ヶ月間『お兄ちゃんの日』無しって話だったのデハ?」
「うん。赤点だとそうなんだけど、もし赤点じゃなかったら、逆に日曜日に一日付き合ってくれるって約束なんだ。えへへ」
「……そ、そうだったんデスか。チェキ不足だったデス……」
「さあ、そうと決まれば早速始めようよ。どの教科からやろうか?」
 四葉は、衛が握っていた手をさりげなく振り解くと、ひきつった笑みを浮かべた。
「あー、よく考えたら、ちょっと今日は用事があるので手伝えなかったの忘れてマシタ」
「あれっ? そうなの残念だね」
「いやー、四葉も残念で……あーっと、それじゃ、用事があるので、これで失礼するデス」
「まあしょうがないね。それじゃ、昨日はどうもありがとう」
「いえいえ、どうイタシマシテ」
 ニッコリ笑った衛に背を向けて、部屋の外に出て、後ろ手で扉を閉めた瞬間、四葉は泣きながら廊下を猛然とダッシュして行った。
 
「騙されたチェキーーッッッ!! 四葉の善意をリヨーして兄チャマとデートする約束をしてたなんてーーーーっっ!! こうなったら、今日は誰も手伝わないように、みんなに言って回るデスーーーッッ!!!」
 
 一方衛は、
「明日を乗り切れば、今度の日曜日はあにぃと遊びに行けるぞ。スケートっていうのも良いかなぁ。それともたまには遊園地なんかに行って、待ち時間で並んでいると、ボクが寒そうにしていて、それを見かねたあにぃが『衛、寒そうだな。これでも羽織ってろよ』って言って、あにぃが着ていたジャケットをボクにかけてくれたりなんかして、わっわっ、これじゃ、まるで、こ、恋人同士みたいじゃ……」
 と、思いっきり妄想モードに入っていた。
 その間にも、時間だけはどんどん過ぎ去って行く。
 
 その夜…
 
「ボクの最後の願いは……明日のテストを何とかしてくださいっ!!」
 
 と、しょーこりも無く、窓から星に向かって祈る一人の少女の姿があったという。
 
 〜 おわり 〜
 
 
 あとがき
 
 この話は、シスプリパラダイスさんの200万ヒット記念企画「シスプリSSコンテスト」に出品した作品です。
 
2003年3月2日完成
2003年7月26日発表

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