W.ピストン 交響曲第4番

指揮ユージン・オーマンディ
演奏フィラデルフィア管弦楽団
録音1954年4月15日
カップリングハリス 交響曲第7番 他
発売Albany
CD番号TROY 256


このCDを聴いた感想です。


 ピストンは作曲家としてはもちろんのこと、バーンスタインやカーター等を育てた教育者としても著名で、彼の著書は、今でも教科書として広く用いられているそうです。
 作る曲にもそういう側面が表れるのか、まるでブラームスを連想させるかのように、古典的で純音楽の傾向が強く出ています。もっとも、ブラームスと異なり、12音楽の要素がずっと多く含まれていますが。
 そんな中で、珍しく描写的な音楽といわれているのが、バレエ組曲「不思議な笛吹き」という曲なのですが、今回取り上げる交響曲第4番も、「不思議な笛吹き」ほど具体的に情景を描写しているわけではないとはいえ、テーマと曲調がストレートに結びついた、平明で取っ付きやすい音楽です。
 全曲通しても20分強という短い曲なのですが、ちゃんと四つの楽章に分かれていて、それぞれに標題がつけられています。
 この標題は、具体的な情景や事柄を表すものではなく、第1楽章が「Piacevole(peaceful:平和的に)」、第2楽章が「Ballando(dance-like:踊りのように)」、第3楽章が「Contemplativo(contemplative:瞑想的に)」、第4楽章が「Energico(energetic:精力的に)」といった風に、イメージ的なものです。(標題の日本語訳は、わたしが訳したもので、英題を直訳すると、本当は「〜的な」という形容詞型になると思うのですが、楽譜に書かれる曲想標語みたいなものと判断して意訳しました。もし間違っていましたらゴメンナサイ)
 第1楽章の「平和的に」は、平和的といっても、平和の祈りのような安らかなゆったりとした雰囲気とは、ちょっと方向性の異なる「平和」です。
 よく平和的というと、戦争直後のように、多大な犠牲の上に築かれたような哀しさと、もう傷つかなくて良いという安心感みたいなイメージがあるのですが、この曲の「平和的」は、戦争から遥かに遠く離れた所にあります。
 この雰囲気を一言で表すなら「パックス・アメリカーナ」
 戦争などまるで異世界の話といった感じに、繁栄を謳歌し、好景気で製品を大量に生産しているかのような活力に充ちています。
 曲の中で短調に変る部分もあるのですが、そういう暗い部分でも、根底には希望に溢れた明るさがあり、常に生き生きとした動きがあります。
 考えてみれば、この曲が作曲された1950年は、まさしく「パックス・アメリカーナ」のど真ん中でした。
 第2楽章の「踊りのように」は、第1楽章以上に活力に充ちています。
 華やかで狂躁的で、浮かれまくって地に足がついていないような雰囲気は、ほとんど「バブル経済」のようです。
 まさしく「踊りのように」というタイトルがそのままピタリと合うような踊り(踊らされ)まくりようです。
 踊りが最高潮に達した直後、それまでとは正反対の雰囲気の第3楽章「瞑想的に」に入ります。
 まさかバブル崩壊を表したわけではないのでしょうが、まるで予言したのではないかと思えるぐらい、暗く沈思的な雰囲気です。
 この楽章だけは、他の3つの楽章と全く曲調が異なり、外面的な華やかさに溢れた他の楽章と違い、内面的で厳しく、フォルテで音が強くなっても、華やかというよりも荘厳で、身の引き締まるような緊張感が楽章を貫いています。
 これが第4楽章の「精力的に」に入ると、静かな雰囲気からまた打って変わって激しくなります。
 標題が「精力的に」というだけあって、四つの楽章の中で最も活力があり、生き生きというより攻撃的で、激しさが強く表れています。
 活気はあるけど明るく平和的だった、前半の二つの楽章と違い、音は叩きつけるように硬く、雰囲気も暗めで、絶え間無く不安定に変化し続け、不安感が漂っています。
 それでも、最後は長調できれいに落ちていて、後味は爽やかで気持ち良く終ります。
 この曲は、そもそもミネソタ大学創立100周年記念のために作られたらしいのですが、全体としての印象は、記念に相応しく、明るさと活力に充ちた、聴きやすい曲だと思いました。(2003/10/4)


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