W.ペイペル 交響曲第2番

指揮ロエロフ・ヴァン・ドリーステン (Roelof van Driesten)
演奏ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
録音1986年9月4〜6日
カップリングペイペル ピアノ協奏曲 他
発売Donemus
CD番号Composers' Voice compact Disc 1


このCDを聴いた感想です。


 みなさんは、ウィレム・ペイペルという作曲家をご存知でしょうか?
 おそらく、よほどオランダ音楽に詳しい方で無い限り、名前を耳にするのも初めてだと思います。
 もちろん、わたしもそうでした。
 たまたまメンゲルベルクが一曲ほど録音していたために意識するようになりましたが、それまでは全く知りませんでした。
 だいたい名前の読み方からして難しく、「Pijper」を「ペイペル」と読むなんて、とてもじゃないですが思いつかない読み方ですよね。
 ただ、調べてみるとだんだんわかったのですが、ペイペルはオランダの作曲家の中では良く知られている方で、音楽之友社から出版されている「新音楽辞典」にも、三省堂から出版されている「クラシック音楽作品名辞典」にも、ちゃんと項目が立てられています。
 1894年生まれで1947年没ですから、活躍したのはだいたい20世紀前半で、多調性と対位法に強い関心を示し、その一方でオランダ民謡も取り入れていたようです。また、ロッテルダムの音楽院院長を務めるなど、教育者でもありました。
 メンゲルベルクとも、演奏が残っているくらいですから当然親交がありました。
 そもそもこの交響曲第2番にしても、CDに付属しているリーフレットによれば、本来はメンゲルベルクとコンセルトヘボウ管のために書かれたものだそうです。
 しかし、いざ曲ができあがると、あまりの斬新さにメンゲルベルクは理解できず、また聴衆にも受け入れられないだろうと予想して、初演を拒否してしまいました。
 さらに、必要楽器が多かったのも難点でした。
 ただでさえ4管編成(管楽器で、通常は一種類の楽器につき2パート(人)なのが、4パート必要になる編成)なのに、ホルンにいたっては8本、それに加えて、テナーホルンにハープ4台、ピアノ3台、マンドリン6挺、チェレスタ、さらにはオルガン、おまけに調律された鉄板まで飛び出す始末で、必要人員は、最低でもなんと116人にも及ぶそうです。
 この編成の大きさには、事務方のほうから「演奏不可能」というクレームがついてしまい、結局初演は、場所だけ提供してもらい、作曲家本人の指揮で1922年11月2日に行われたようです。
(以上の『リーフレットによれば』から後の文章は、リーフレットの英文をわたしが訳したものなので、重大な誤訳をしている可能性がありますのでお気をつけください)
 メンゲルベルクとの関係の方は、後に録音として残っているチェロ協奏曲を演奏しているくらいですから、理解できなかったのはこの曲だけか、もしくは後年理解できるようになったみたいですね。
 さて、それではメンゲルベルクが理解できなかった交響曲第2番とは、一体全体どんな曲かといいますと、全2楽章で所要時間は20分程度の交響曲にしては短い曲ですが、たしかに多調的な要素が多く見られる、いわゆる現代曲っぽい曲です。
 ただ、聴いた時の印象としては、金管がバリバリ鳴りまくる、烈しくて派手な曲で、かなりわたし好みの曲でした。
 この曲には、二点ほど目立つ点があります。
 一つは、あるリズムが繰り返し使われている点です。
 そのリズムは、2連符と3連符が組み合わさったもので、ハバネラのちょっとテンポの速い版と考えて頂ければ、だいたい近いと思います。
 このリズムが、時にフォルテで時にピアノでと繰り返し登場するのですが、フォルテだろうがピアノだろうが、音を鋭く切って、常に強調されています。
 メロディーもこのリズムに乗って演奏される場合が多いのですが、メロディーの音も含めて、リズムを演奏するパートは、ほとんどが不協和音を用いています。
 一方、もう一つの目立つ点は、上記の細かく鋭いリズムとは対照的な、和音の長い伸ばしの音型です。
 この音型が登場するときは、たいていフォルティッシモで威圧的に登場します。
 イメージとしては、ショスタコーヴィチの交響曲第7番<レニングラード>の第3楽章の冒頭を思い浮かべて頂けると、一番近いのではないかと思います。
 もしくは、ムソルグスキーの「展覧会の絵(オーケストラ版)」の終曲「キエフの大門」の冒頭あたりとか。
 こちらの長い和音の方は、これがまたリズムの方とは対照的に、協和音の割合がかなり高いのです。(……最初に登場するときは恐ろしいまでの不協和音ですが)
 この協和音の長い和音と、不協和音のリズムとの対比が面白いのです。
 まるで神々しい天上界とドロドロした地上といった感じで、それが、時に交代に、時に同時に登場する様子には、交響曲なのに思わず宗教画を思い浮かべてしまいました。
 しかも面白いのは、この二つの要素の中で、メインはあくまでもリズムの方という点です。メロディーもこちら側に属していますし。
 長い和音の方は、フォルティッシモな上に、たいてい金管で思いっきり吹き鳴らされますから、その圧倒するような迫力は神のようで、場合によってはそれにオルガンまで加わるため、響きはさらに神々しく、まさしく天界からの光といった雰囲気があります。
 しかし、それでもなお、主役は不協和音のリズムの方にあり、神々しい協和音は、ジェット気流のように上層を滑っていくだけで、地上界とは乖離しています。
 これは、この曲の悪いところではなく、わたしは、この点に一番魅力を感じます。
 リズムの方は、下手に聖化されていない分、感情をそのまま出しているような生々しさがあり、その一方で長い和音は、人間から遥かに遠く浮世離れしている分だけ、よけい超然として神聖な雰囲気が強まり、どちらも、その特徴がより鮮明に印象付けられるのです。

 ところで、演奏者についてですが、オーケストラのロッテルダム・フィルはともかくとして、指揮をしているロエロフ・ヴァン・ドリーステンという人は、初めて見る名前です。おそらく現代のオランダの指揮者だとは思いますが。
 そもそも、ロエロフ・ヴァン・ドリーステンという読み方にしても、わたしがたぶんそう読むのではないかと推定しただけで、本当はどういう読み方が正しいのかはよくわかりません。
 演奏自体は、アンサンブルも締まっていて、なかなか良いと思うのですが。(2003/11/29)