W.A.モーツァルト 交響曲第35番 ニ長調 <ハフナー>

指揮アルトゥーロ・トスカニーニ
演奏ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団
録音1929年3月30日・4月4・5日
カップリングハイドン 交響曲第101番<時計> 他
「Arturo Toscanini and the PHILHARMONIC SYMPHONY ORCHETRA
OF NEWYORK The Great Recordings 1926-1936」より
発売Pearl(Victor)
CD番号GEMM CDS 9373


このCDを聴いた感想です。


 トスカニーニというと、強烈なアクセントと真っ直ぐに突き進んでいく力強さといったイメージを持っていました。しかし、このハフナーはちょっと意外でした。
 後年のそういうストレートな演奏と異なり、当時の他の指揮者がやっていたような、濃厚な表情付けやテンポの極端な変動がごく当たり前のように行なわれているのです。
 オーケストラの音色自体、まだメンゲルベルクの影響が残っているのか丸く柔らかめで、これでメロディーも甘くテンポも大きく動かすものですから、もし、わたしが何も知らされずにこの演奏を聴かされていたら、たぶんトスカニーニの演奏だとは夢にも思わなかったでしょう。
 そもそも冒頭から驚かされます。
 ハフナーは遅いテンポの序奏がないため、冒頭からアレグロで主題が登場します。そして、そのまま最後まで速いテンポの保つのが、まあ一般的な演奏でしょう。しかし、トスカニーニは、始まりのアレグロは、たしかに速いテンポで始まりますが、すぐにピアノになったところで、大きくテンポを落とします。おそらく第13小節目からのフォルテのメロディーを強調するためだと思いますが、なんだかメンゲルベルクみたいな演出です。後年の演奏(トスカニーニはハフナーの録音を多く残しています)は残念ながら聞いたことはありませんが、おそらくそんなことはやってないのではないでしょうか。
 さらに輪をかけてトスカニーニらしからぬのが第2・3楽章です。
 第2楽章は、テンポを頻繁に変えながら感情を込めて粘りつくように歌わせています。流れの良さやのびのびとしたスケール大きさはほとんど感じられず、妙にドロドロしています。そういう歌い方も決して悪いわけではなく情熱的で面白いのですが、トスカニーニがやっているかと思うとどうも不思議な気がしてきます。
 第3楽章に至っては、信じられないくらい重い演奏です。
 そもそもテンポ自体がかなり遅く、たしかにメヌエットですからスケルツォなどと違って遅めに演奏するべきですが、それにしても予想をはるかに超えていました。
 その上、一音一音が踏みしめるように重量感があり、さらにただでさえ遅いテンポを伸び縮みさせています。スマートとか直線的という言葉からはもっとも遠い演奏ではないでしょうか。
 その一方で、重い主部とは対照的に、トリオは幻想的なまでに軽く柔らかいのです。主部の現実に対する夢のような感じで、その淡く明るい雰囲気は、この演奏の中でも聴き所の一つではないかと思います。
 ただしテンポは遅い主部よりさらに輪をかけてゆっくりとしています。最後の方は冗談抜きに止まりそうになっているくらいでほとんどメヌエットとは思えないくらいです。
 これも良くも悪くも『実』的な印象の強いトスカニーニらしからぬといえば、非常にらしからぬ雰囲気です。
 私は、トスカニーニを知り尽くしているといえるほど、トスカニーニの演奏を聴いているわけではなく、本当はそういう先入観を前提に聴いてはいけないのでしょう。
 しかし、この演奏は、自分の知っているトスカニーニとあまりにも異なっていて驚かされた演奏だったのです。
 後年のNBC響との演奏を好んで聴いていましたが、こういう若い頃……というほどでもないですね、この時点ですでに62歳なんですから。トスカニーニにもこういう演奏をする時代があったのだなと意外な印象を受けました。(2006/3/25)


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