V.トムスン(トムソン) 歌劇「3つの幕の4人の聖者」

指揮ヴァージル・トムスン
出演St.テレサI(Sop):Beatrice Robinson-Wayne
St.テレサII(Alt):Ruby Greene
St.セトゥルメント(Sop):Inez Matthews
St.イグナティウス(Bar) :Edward Matthews
St.チャベス(Ten):Charles Holland
St.ステファン(Ten):David Bethea
St.プラン(Bar):Randolph Robinson
Commere(進行役)(mez-Sop):Altonell Hines
Compere(進行役)(Bass):Abner Dorsey
演奏管弦楽団
合唱団
録音1947年6月25日
カップリングV.トムスン 組曲「平原を破壊する鋤」
発売BMG
CD番号09026-68163-2


このCDを聴いた感想です。


 この曲は、歌劇とはいうものの、明確なストーリーがあるわけではありません。
 一応、スペインの聖者である聖テレサ(アヴィラのテレサ)と聖イグナティウス(イグナティウス・デ・ロヨラ)を題材としているのですが、特に二人の業績がどうこうという話ではなく、二人のイメージを基にしたキャラクターとしての扱いになっています。
 セリフにしても、会話らしい会話はあまりなく、歌劇全体が一つの詩のようなもので、それを何節か毎に分けて、交代にセリフとして歌うという形式です。
 その詩の内容も、部分部分はそう難しいわけではないのですが、それが組み合わさって一つの文章になったとたん、まるで何かを比喩しているかの様に、ひどく意味が抽象的になってきます。
 例えば冒頭の歌詞は、こんな感じです。

(Chorus):To know to know to love her so.
 Four saints prepare for saints.
 It makes it well fish.
 Four saints it makes it well fish.
 Four saints prepare for saints it makes it well well fish it makes it well fish prepare for saints.

 これは、全曲の冒頭ですが、だいたい最後まで同じような調子です。
 実のところ、これを和訳したりしても、あまり意味はありません。
 トムスン自身も、鑑賞するためのアドバイスとして、『言葉の意味を解釈しようとしたり、何か象徴的な意味を探したりしないでください。それよりも言葉の断片から何かを感じてください』といった意味の文章を残しています。(この訳は、かなり要約しており、原文はもっと長い文章です)
 ちなみに、この詩を書いたのは、女流の詩人でもあり小説家でもある、ガートルード・スタイン(Gertrude Stein)(1874〜1946)で、ピカソやヘミングウェイとも親交があり、パリの彼女のサロンは、多くの文化人が集う事でよく知られていたそうです。
 この歌劇はトムスンとスタインが原案から協力して製作しており、トムスンが書いたアドバイスは、スタインの意志とも言えるでしょう。
 また、スタインの詩には、同じ言葉が何度も繰り返されるという特徴があります。
 参考に挙げた冒頭の詩にも既にその傾向が表れていますが、これはまだ序の口の方で、後の方ではさらに傾向が強まっています。
 例えば、『If to stay to if to stay if having to stay to if having to stay if to cry to stay if to cry stay to cry to stay.』といった表現が、ごく普通に使われています。
 ちなみに上記の文章、単語は29個入っていますが、その実体は『if』『to』『stay』『having』『cry』の5種類しか含まれていません。
 ただ、この言葉の繰り返しというスタイルは、強調したり畳み掛けるような効果があり、音楽には良く合っています。

 このように、歌詞は抽象的でとらえどころが無く、少々取っ付き難いところがあるのですが、音楽の方は、歌詞とは逆にメロディックで親しみやすい雰囲気があります。
 スペインの聖者が題材なのですが、曲にはスペインを感じさせるものはほとんどありません。
 ファリャやシャブリエといったスペインの作曲家達の音楽とはかなり異なっています。
 ラテン的な騒々しいまでの明るさはありませんし、何より哀愁がほとんど感じられません。
 この曲は、スペインではなく、アメリカが感じられます。
 以前、「賛美歌の調べによる交響曲」の感想を書いた時に、その頃のトムスンは、故郷のカンザス・シティの音楽を知って貰いたがっていた、と書きましたが、この歌劇は、その「賛美歌の調べによる交響曲」が書かれた数年前の作曲で、ほぼ同時期にあたります。
 つまり、この歌劇も、カンザス・シティの音楽そのものではないとしても、同じ雰囲気を持っているのです。
 わたしの印象としては、みなさんがご存知かどうかは分かりませんが、1940〜60年代のアメリカのフォークソング、それもゆったりとした曲に、もっとも雰囲気が近いのではないかと思いました。
 ベースはあくまでも明るく楽天的ですが、ラテン的な騒々しさや興奮はなく、日常的で平穏な明るさです。
 メロディーは平易で親しみやすく、田舎の風景のようにノスタルジックな匂いを漂わせています。
 おまけに、二つ以上のメロディーが同時に登場する事は稀で、わかりやすくシンプルな構造です。
 このシンプルさも相まって、曲の雰囲気は、素朴で、暖かく、土や草が香り、心を安らかにさせてくれます。
 非常に通俗的なので、その点を嫌う方も多いと思いますが、わたしは逆に、この曲の通俗的な親しみやすさと、どことなく懐かしい雰囲気が大好きです。

 そういえば、この歌劇はタイトルに『3つの幕の〜』とありますが、実は全部で4幕まであります。
 といっても、全曲で50分近い演奏時間の中で、最後の第4幕は5分もありませんから、おまけみたいなものかもしれません。
 それでも、全3幕ではないことに変わりは無いため、ここでは『3つの幕の』と訳している『in Three Acts』を、『三つの行為による』と訳す場合もあるようです。
 さらに、『4人の聖者』といいながら、全部で6人の聖者が登場します。
 ただし、これは4人の聖者が誰を指すのかは、CDに解説があり、一人は聖セトゥルメントでその立場は聖テレサの親友、もう一人は聖チャベスでその立場は聖イグナティウスの副官です。これに聖テレサと聖イグナティウスを加えた4人が、タイトルにある4人の聖者にあたるとの事です。

 この演奏は、オーケストラと合唱団が、単に『Orchestra』『Chorus』と表記されているだけで、どこのオーケストラなのかさっぱりわかりませんが、指揮をしているのは作曲者本人です。
 まあ、自演といっても、他の演奏を聴いた事がないので解釈についての比較は全くできないのですが、一つ、この演奏で特筆しておきたいのが録音の良さです。
 スタジオ録音という条件の良さを考慮に入れても、とても1947年の録音とは思えません。
 雑音もほとんど無く、音は生々しく鮮明で細部まではっきりと聴き取れます。1947年という時代を感じさせるのは、ただ一点、ステレオではなくモノラルという点のみです。
 なんだか、1947年という記録の方が間違いで、本当はもっと後年の録音ではないかと思えてくるほどです。(2003/6/28)


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