S.S.プロコフィエフ 組曲「キージェ中尉」

指揮ヘルマン・シェルヘン
演奏ウィーン交響楽団
録音1951年6月
カップリングプロコフィエフ スキタイ組曲 他
発売UNIVERSAL(Westminster)
CD番号471 265-2


このCDを聴いた感想です。


 不協和音をありのままダイレクトにぶつけています。
 耳障りにならないよう優しく整えるのではなく、汚い響きはそのまま汚く。生々しい音で迫ってくる、凄絶な演奏です。
 堂々としたフォルテの部分でも、必ずどこか一部が欠落していたり、横から鋭く楔が打ち込まれていたりと、常に不安定さと不完全さが伴っており、ここにキージェ中尉という非実在の虚像の人物がうまく表れているように感じました。
 この演奏を聴いていると、キージェ中尉本人(本体というべきか?)や騒動の発端となった皇帝よりも、キージェ中尉という実在しない人物を必死ででっちあげようとしている廷臣たちの様子がありありと浮かんできます。
 第1曲の「キージェの誕生」はまだまだ平和なものです。
 コルネットのソロやその後の全合奏なども明るく整った響きで、不協和音にしてもあまり正面からぶつからずどこか安心感があります。
 第2曲の「ロマンス」あたりからだんだん雲行きが怪しくなってきます。
 前半のおそらくチェロのメロディーからすでに不安定極まりない歌い方です。まるで何かにおびえているようにビクついています。トロンボーンあたりの管楽器がフォルテで登場する部分も、必ず響きに木管あたりの鋭い動きによる亀裂が入っていて、なんだか今にも壊れそうです。 テンポにしても、ただ遅いのではなく、まさに恐る恐るといった感じで不安げに進んでいきます。「ロマンス」というタイトルながら甘さはほとんど無く、廷臣たちの、いつばれるかな、いまばれるじゃないだろうな、というおどおどとした気持ちが全体に表れています。
 第3曲の「キージェの結婚」は、堂々とした明るい曲のはずなのに、陰が濃厚に付きまとっています。
 テンポは全然軽快ではなく、後ろに引っ張られるようですし、堂々としているはずのフォルテでも腰砕けで、それどころか半ば崩れかけていて、ほとんど心細ささえ感じます。むしろ、途中に登場するサックスの短調のメロディーの方が、気持ちがストレートに表れている分、腰が据わっている印象を受けるぐらいです。表面的な明るさがますます哀れさに拍車をかけています。
 第4曲の「トロイカ」まで来ると、もう廷臣たちも諦め開き直ったかのようです。
 ストーリー上は本当は「ロマンス」や「結婚」よりもこの「トロイカ」の方が先らしいのですが、わたしの聞いての印象はそうでした。
 特に、第3小節目からの、冒頭の弦楽器のフレーズを受けての管楽器のフレーズが、まさに開き直りをイメージさせました。
 弦楽器のフレーズの時にはまともだった和音が道を誤り思いっきり不協和音に足を突っ込むのですがその不協和音を整えたりして避けることなく正面から突っ込みそのまま突っ切っています。これこそ廷臣たちが「もういいや! このままいってしまえ!」と開き直った瞬間のようでした。
 ただ、その後の速いテンポになってからも、それほど調子良いものではありません。
 力強さはあるものの、動きはかなりぎこちなく、開き直ったわりには完全にはふっきれておらず、やはりどうも不安定です。このあたりが廷臣たちの心の弱さなんでしょう。
 そして最後が第5曲の「キージェの葬儀」です。
 この曲が最も暗いはずですが、深刻さはありません。
 テンポの採り方が微妙に速く、暗さが表れるより前に先に進んでしまうため、暗さよりもドタバタとしたコメディー的な印象を受けます。
 クラリネットやサックスのソロも、暗さをにじませる歌い方ではなく、表情を濃く付けてあからさまに暗さを強調しているため、そのわざとらしさがこれまたコメディー的なのです。
 そして、最後のコルネットのソロで、「キージェの誕生」の時点に戻り、平安を取り戻します。
 廷臣たちとしては、もうどうにもならないところまで追い込まれて、本人たちにとって悲惨さが頂点に達し、ついにキージェを死んだことにします。キージェの棺の中にもろもろ全ての不始末を詰め込み、蓋をすることで全てを隠すことができたと、やっと安心したというわけです。
 他の指揮者で、上手い演奏や勢いのある演奏は、セルを始めとしていくらでもあると思いますが、これほどストーリーが感じられる演奏は初めてです。まさに喜劇を見ているような感覚でした。(2006/9/22)


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