R.ワーグナー 歌劇「タンホイザー」序曲

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1932年5月9日
発売及び
CD番号
Pearl(GEMM CDS 9018)
東芝EMI(TOCE-8191〜99)
オーパス蔵(OPK 2012)
NAXOS(8.110855)


このCDを聴いた感想です。


 この演奏には、非常に印象に残った部分があります。ほんの数小節間で時間にしてみれば数秒にも満たないようなほんの小さな断片ですが、わたしには他のどこよりも鮮明に記憶に残っています。
 その場所はほとんど終わりに近いところで、ここはトランペットとトロンボーンが曲の冒頭にも出てくる『巡礼の動機』を長いスパンで雄大に吹き鳴らしているところですが、ここに重なって登場するホルンです。
 もう少し詳しく書くと小節数では第408小節目、延々とメロディーを吹いているトランペットとトロンボーンが「ソーラ、ラーソーラーラーーー(E-durで。実音ならH-Cis,Cis-H-Cis-Cis)」と吹く部分で、同じ動きを二回繰り返し、二回目にホルン(+木管)が重なってきます。このホルンがトランペットなどのメロディーよりもさらに一段と強調されているのが印象的だったのです。
 そのホルンのリズムはトランペットとほぼ同じですが、音が「ドーファ、ファーーー」と4度高い音から始まります。そこまでのトランペットとトロンボーンのメロディーが一定の雰囲気を保ったままじわじわと盛り上げていたところに、急にホルンの動きが強調されることで大きな変化が生まれています。今まで顔を俯けて地面ばかりを見てジッと耐えていたのが、ここでパッと顔を上げて前をしっかりと見つめたように、スケールが一気に大きくなるのです。どんよりとのしかかっていた雲が一気に払われたような気分と言っても良いかもしれません。
 これと同じ効果は曲が終わりかけの第424小節目にも現れています。ここもそれまで続いていたトランペットとトロンボーンのメロディーにホルンと木管の重なってくるところです。
 ただ、第408小節目とは少し異なり、メロディーが長く伸ばしているところに、「ドーシラシー」と入ってくる合いの手で、よくコラールの最後にメロディーではないアルトやテナーがやっている動きと同じものです。
 ホルンが大きく重なることで曲が今まさに終わりに近づいているという雰囲気が強くなり、なんだか曲が終わっていくのを惜しでいるかのように感じられます。
 序曲全体からすれば、ほんのちょっとした一部分に過ぎないのですが、他のどの部分よりも強く印象付けられました。
 実は、このホルンの強調は、3種類あるメンゲルベルクの演奏全てに共通しています。
 ただ、その中で、もっとも踏み込んで強調していたのがこの1932年の録音だったのです。
 これらの動きは楽譜に書いてあるままなので(もちろん強調しろとまでは書いてありませんが)、他の指揮者で強調している人がいても良さそうなものですが、わたしの知っている限りではメンゲルベルクほどはっきりと他の部分と分けて強調した演奏は覚えがありません。メンゲルベルクの演奏で慣れてしまうと、この部分に来た時にどうも肩透かしをされたような感覚になり、つい『もっと強く激しく』などと思ってしまいます。

 メンゲルベルクの他の2種類(1926年1940年)との比較では、録音時期相応に、その二つの録音の中間の傾向です。
 1926年ほどではないにしても音楽の流れはほぼ直線的で、テンポの変わり目もはっきりとしています。
 木管と特に弦楽器の音色が柔らかく、深めの響きを伴ったなかなか暖かい音です。テンポがアレグロに上がった『ヴェーヌス山の動機』に入ってからなど、動きは鋭いのですが硬くなく、激しく動きながらも安定感があります。
 それに較べて金管楽器は録音が古いためもあって響きがひどく浅いのですが、終盤、『巡礼の動機』がホルンから始まって次第に盛り上がっていき、その頂点でトランペットとトロンボーンがそれまでの一小節を一拍にとる長いスパンで登場した時の、時間の感覚が一瞬飛んでしまったかと思うほどのスケール大きさは、この1932年の演奏が随一ではないかと思います。
 残念ながら録音状態はあまり良くありません。たしかに1926年の録音よりは鮮明で細かい動きまで聴き取れるのですが、1940年と較べると、1940年の方がライブ録音にもかかわらず雑音も少なくはるかに聴きやすい音です。
 さらに、これは1926年の録音の感想にも書きましたが、『巡礼の動機』での弦楽器の『タラッ、タラッ、タラッ、タラッ』という動きのバランスが強すぎて、まるでこの合いの手の方がメロディーに聴こえるというのは、ちょっと何とかして欲しかったものだと思いました。(2005/9/10)


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