R.ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第一幕への前奏曲

指揮イーゴル・マルケヴィッチ
演奏ソヴィエト国立交響楽団
録音1963年5月25日
カップリングワーグナー 歌劇「タンホイザー」序曲 他
発売Jimmy(Melodiya)
CD番号OM 03-132


このCDを聴いた感想です。


 指揮者とオーケストラの個性が正面からぶつかり合っている……というわけでもないのですが、個性がそれぞれ独自に主張していながらも何となく住み分けが出来ているいるという、ちょっと面白い演奏です。
 この演奏は、マルケヴィッチのモスクワ公演のライブで、オーケストラもおそらくほとんど指揮したことがないであろうソヴィエト国立響です。
 マルケヴィッチももとはといえばキエフ出身ですから同じ「ソヴィエト」(笑)ということで同郷と言えなくも無いのですが、生まれてすぐにフランスに引っ越してしまい、それ以降もフランスを中心とした西欧で活躍していましたから、その芸風はどちらかといえばスマートなもので、ロシア風の重厚なものとはかなり違いがあります。
 このマイスタージンガーも、マルケヴィッチは、アンサンブルを引き締めテキパキと音楽を進めています。おそらく、メロディーの交差などの構造的な面をしっかり見せようとしているのでしょう。
 テンポも一部少し緩めるところを除いてはほぼ一定を保ち、しかもけっこう速めです。他の指揮者の演奏では演奏時間が10分を超える場合が多いのに、9分30秒弱しかかかっていないという点からも大体想像して頂けると思います。
 ところが、演奏しているソヴィエト国立響の方はそんな雰囲気ではありません。
 いえ、たしかにマルケヴィッチの音楽に懸命に近づこうとしているのはわかります。メロディーが歌いすぎたためにテンポが伸びて、次のパートの出るのがどうしても遅くなり気味になるのを必死で取り戻したりと、なんとか合わせようとがんばっています。
 しかし、それ以上にロシアの伝統の方が強かったようです。
 メロディーはどれも、これでもかとばかりに力を込めて歌われています。
 もちろんメロディーが歌っていること自体は他の国のオーケストラでも同じですが、その歌い方がやはりロシア風なのです。常に拳を握り締めているのではないかと思うぐらい力一杯で、そのままベッタリと粘り粘って歌わせているという、およそ軽妙とか洗練とかいう言葉とは対極にある歌わせ方です。これは確かに歌っているうちにテンポが伸びそうになるのもしょうがないかな、と納得しました。
 また、途中と後半以降に登場する、金管が四分音符で動いていくコラール風のファンファーレも、まとまった一つの響きではありません。
 どの楽器も「我こそは主旋律」とばかりに、たっぷりとビブラートをかけて表情豊かに歌わせるものですから、和音というよりメロディーが同時に吹かれているという感じで、とても大きな一つの響きには聞こえません。
 ドイツ風の重厚な和音の移り変わりという展開は、完全にどこかへ消えてしまい、我こそは我こそはと前に出てくる、なんだかお祭りのような騒ぎになっています。
 もっとも、それがこの演奏を個性的にして、わたしにすれば面白く感じる点でもありますが(笑)
 全体のフォルムは固くまとまっているけど、中味はやっぱりロシア風という、逆にそこが魅力なのです。

 ついでに、一つオヤと思ったのが最後の音です。この音は一つ前の音と同様、「ジャン」という四分音符の短い和音なのですが、この演奏ではなぜか「ジャーーン」と長く伸ばされています。
 これは、まず間違いなくマルケヴィッチの指示でしょうが、マルケヴィッチという指揮者は、あまりそういうベタな事はしないと思っていただけに、ちょっと意外でした。(2004/10/23)


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