R.シューマン 交響曲第1番 変ロ長調 <春>

〜 1841年の自筆稿による 〜

指揮オトマール・スウィトナー
演奏ベルリン・シュターツカペレ
録音1986年6月26・27・30日、7月1・2日
カップリングシューマン 交響曲第3番<ライン>
販売日本コロンビア(DENON)
CD番号33CO-1516


このCDを聴いた感想です。


 シューマンの交響曲第1番はよく知られた曲ですが、この演奏は通常と異なり、いわゆる初稿にあたる、1841年版による演奏です。
 この曲と同様、初演の時の楽譜と、その後出版された際の楽譜とで、細部で異なっているという曲は、それほど珍しいわけではありません。
 しかし、変更されていてもそう大きな違いがない曲もあるのに対して、この交響曲第1番は、そこかしこに、あっと驚くような違いがあります。
 そもそも曲の冒頭からして通常版と異なっています。
 いや、異なるといってもリズムは同じですし、メロディー自体も『ほとんど』同じです。
 ただ、音程だけが3度低く、通常ならDの音から始まるファンファーレがBの音から始まるだけです。
 では、始まりの音が3度低いというのはどういう事か……早い話が、明るい長調のファンファーレの筈が暗い短調のファンファーレになってしまうのです。
 そのため、通常なら前途洋洋たる溌剌とした気分で始まるところが、いきなり、暗い陰鬱な雰囲気にと、180度逆の始まり方になります。
 しかも、直後に弦や他の管楽器がフォルテで入ってくるところでは、いきなり通常版と同じ高さの音になってしまうため、急に音が跳んでしまい二度びっくりします。
 CDに付属している解説によりますと、Bの音から始まるところを3度上のDから始めるように変更したのは、別に雰囲気を明るくしたかったとかそんな理由ではなく、単純に、Bから始めると、2小節目でメロディーが下に下がった時の音が、当時の金管楽器では潰れたような音になってしまうため、吹きやすく3度上に変えただけだそうです。
 何だか、それだけのために短調を長調にしてしまうとは、ちょっと節操が無いような気もしますが。
 それにしても、初稿版の方のBで始まる短調のファンファーレですが、これ、ホルンとトランペットのユニゾンで演奏される事もあって、メロディーラインが、チャイコフスキーの交響曲第4番の冒頭のファンファーレと、そっくりに聞こえます(笑)

 第1楽章だけでも、冒頭以外にも違いが数多くあります。
通常版と初稿版の楽譜です  速いテンポの提示部に入ってからも、第1主題が管だけのアンサンブルで始まったり、第2主題のメロディーの盛り上がった頂点の音が、いきなり半音低くて短調になっていたり、楽章の終り近くのトランペットとホルンの『ドーレーミーーーーーファーソーーー』というファンファーレが、『ドーレーミーーーミレミファソーーー』という、何だかいかにもなメロディーになっていたりします。(わたしはこういうメロディーは結構好きです(笑))(楽譜(1)及び楽譜(2)参照)
 おまけに、通常版であれば、そのトランペットのファンファーレの後も、楽章の終りまでは25小節ほどあるのですが、初稿版では、途中がカットされて、いきなり最後のジャンジャンの和音になってしまうため、何だか拍子抜けしてしまいます。

 第2楽章は、全4楽章の中では最も違いが少なく、せいぜいメロディーがオクターブ低かったり、通常版では途中から加わるはずの低音の対旋律が最初から入っている程度で、そう大した違いはありません。

 第3楽章には、大きな違いがあります。
 この楽章はスケルツォで、つくりとしては、通常版では「A−B−A−C−A−Coda」という、主部の間に二種類のトリオが挟まれた、典型的ながら少し大きめの構成なのですが、初稿版では、Cのトリオが影も形も無く、「A−B−A−Coda」というこじんまりとした構成になっています。
 当然、聴いていて、とても短く感じます(笑)
 と、構成は小さいのですが、Aの主部自体は、通常版とほとんど変わりありません。
 Bの、唯一となってしまったトリオも、ほぼ通常版と同じなのですが、一点だけ無視できない違いがあります。
 このトリオは、最初の方で同じメロディーを二回繰り返すのですが、通常版が単純に全く同じ事を繰り返しているのに対して、初稿版の方は二回目に簡単なホルンの対旋律が加わっています。そして、このホルンが非常に格好良いのです。
 やっている事は、全音符分で伸ばしている音を四つ吹いているだけなのですが、主旋律が短いフレーズなので良い対照になっていて、響きに急に拡がりを持ったように感じられます。
 これだけは、ぜひ通常版にも残しておいて欲しかったところです。
 だいたい、通常版のこの部分の楽譜は、全く同じ事を繰り返しているのに、繰り返し記号を使わず、わざわざ二回分書いてあるのですから、変化をつけても良いと思うんですけどねぇ(笑)

 第4楽章での大きな違いというと、やはり冒頭の短い序奏の後、通常版であればそのまま提示部に入るところが、いきなり、本来ならもっと先にある筈のフルートソロが間に挟まれる点でしょう。
 そのせい(?)で、通常版でフルートソロがある部分にはソロは無くなってしまっています。
 他には、小さな違いですが、提示部に入ってから、通常版ではメロディーが一回演奏された後、オーボエの小さなソリが出てくるのですが、初稿版では、このソリが、メロディーが『二回』演奏された後で出てきます。まあ、通常版の再現部に近い形だと考えてください。
 で、いきなり余談なのですが、実は、わたしは学生時代に1stオーボエ奏者でこの曲を演奏した事があります。もちろん通常版ですが。
 ある日、第4楽章の冒頭部分をオーケストラ全体で合わせて練習していたのですが、ふとした瞬間にこの初稿版の演奏が脳裏をよぎりました。
「……たしか、オーボエのソリはメロディーが『二回』終った次からだったっけ?」
 通常版がもちろんそんな訳はなく、見事にソリを落ちてしまったわたしは、指揮者を始めとして他の奏者から思いっきり白い目で見られてしまいました。めでたし!(笑)
 いやー、それにしても、本番でやらなくてよかったです。あぶないところでした(笑)

 最後に、もっともびっくりした違いを一つ。
 第4楽章の、通常版であればフルートのソロが出てくる少し前に、オーボエのかなり目立つカデンツァのソロがあります。
 このソロが、初稿版では、何をどうとち狂ったか、オーボエではなく、他の木管楽器ですらなく、なんとトロンボーンで演奏されているのです。
 このCDを初めて聴いた時には、オーボエのか細い音色のつもりで待ち構えていたら、まるで正反対の低く野太いトロンボーンが聞こえてきたため、危うくぶっ倒れそうになってしまいました(笑)

 全体的に見て、初稿版は、通常版に較べて音がゴチャゴチャしているような印象を受けます。
 マーラーの編曲が、音を整理する方向に走った事からもわかる通り、シューマンのオーケストレーションは、ただでさえ必要以上に分厚く錯綜しているイメージがあります。
 この初稿版は、それにさらに輪をかけたようなもので、かなり変な曲になっています。
 しかし、面白さという点では、こっちの方が面白いですね(笑)(2003/1/11)