R.K.シチェドリン カルメン組曲

指揮ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
演奏ボリショイ歌劇場管弦楽団
録音1967年
カップリングシチェドリン バレエ音楽「アンナ・カレーニナ」
販売BMG(MELODIYA)
CD番号74321 36908 2


このCDを聴いた感想です。


 「管楽器って無くても十分盛り上げることはできるんだ!」

 この曲を聴いた時との第一印象です。

 このカルメン組曲は、ビゼー作曲の歌劇「カルメン」から何曲か抜粋して組曲にしています。
 形としてはギロー編曲の第一・第二組曲と同系統といえるかもしれません。
 しかし、抜粋している曲が異なるという点と、そして何よりも弦楽器と打楽器のみの編成へとシチェドリンによって作り直されている点で、ギロー編曲の組曲と大きな違いがあります。

 この編曲により、それぞれの曲は旋律と和声こそビゼーの原曲と変わりはありませんが、全く別の曲として生まれ変わったといっても良いほどです。

 以下に、曲毎のタイトルと、原曲でどの曲にあたるかを記します。

 1 : Introduction : 原曲には特に該当するシーンはありません。ハバネラのメロディーです。
 2 : Dance : アラゴネーズ(第4幕への前奏曲)
 3 : First Intermezzo : 第1幕で男達がカルメンに出てきて欲しいと呼ぶシーン
 4 : Changing of the Guard : 第1幕の子どもたちの合唱……ではなく(笑)、アルカラの竜騎兵(第2幕への前奏曲)
 5 : Carmen's Entrance And Habanera : 第1幕でカルメンが出てきた直後と、ハバネラ
 6 : Scene : 第2幕のフィナーレで、密輸人たちがスニガを拉致した後のシーン+第1幕でタバコ工場の休憩の鐘が鳴り、女工員たちが出て来るシーン+第1幕でカルメンが縛られた後、スニガに取り調べられるシーン
 7 : Second Intermezzo : 第3幕への前奏曲
 8 : Bolero : ファランドール(「アルルの女」より)の一部(第4幕で演奏される事もある)
 9 : Torero : 第2幕の闘牛士の歌
 10: Torero and Carmen : ジプシーの踊り(「美しきパースの娘」より)(第4幕で演奏される事もある)
 11: Adagio : 第1幕への前奏曲(運命のテーマの方)+第2幕の花の歌
 12: Fortune-telling : 第3幕のカルタ占いのシーン
 13: Finale : 第4幕の合唱と行進(有名な闘牛士のテーマです)+第4幕最後のホセとカルメンの二重奏の直前のシーン+第2幕のフィナーレのシーン+第4幕最後のホセとカルメンの二重奏+運命のテーマ+第1幕のカルメンの最初のセリフ+この曲(カルメン組曲)の第1曲のIntroduction


 この曲の一つ目の驚くべき点は編成です。
 最初にも書きましたが、この曲は弦楽器と打楽器のみの編成であり、管楽器は木管金管問わず、全く含まれていません。
 原曲の歌劇は、管楽器がバリバリに吹き鳴らすような曲ではありませんでしたが、管楽器が色彩感を生み出す重要な役割を担っていたことはまちがいありません。
 また、曲の重要な盛り上がりに不可欠なパートであったのも事実です。
 それらの役割をこなす管楽器がいなくて曲が成り立つとは、とても思えませんでした。
 盛り上がりに欠ける、灰色な曲になるに違いないと思っていました。
 ところが聴いてみると、驚いたことに盛り上がりに欠けていないだけでなく、色彩感も豊かな曲でした。
 弦楽器だけでもある程度カバーしているのですが、大きいのは打楽器群の存在です。
 原曲に無いような楽器が加わり、管楽器に負けないほどの色彩感を生み出しています。
 ……さすがに、方向性は若干異なっていますが。

 わたしは、弦楽器と打楽器のみで編成された大規模な管弦楽曲というのは初めて聞いたのですが、この曲を聞いて、編成のバリエーションの可能性について改めて考えさせられました。
 わたしは、弦楽器のみや打楽器のみの編成ならいざしらず、両方により構成されてしかも大規模な曲であれば、管楽器というのはバランス上、欠くことのできない存在だと思っていました。
 しかし、例え管楽器はいなくても、曲のつくりさえ工夫すれば十分に成り立つということが初めてわかったのです。
 やろうと思えば、本当にいろいろな編成の曲ができるものですね


 さて、もう一つの驚くべき点が、編曲です。
 旋律については、初めにビゼーが作曲したそのままと書きました。
 これはまちがいではありません。一般的な変奏曲と異なり、旋律は素のままで使われていますので、聞いた瞬間に原曲のどの部分の曲かはすぐわかります。
 しかし、これらの旋律が必ず出て来るとは限らないのです。
 曲によっては、シーンの前奏の部分が演奏され、「さあ、メロディーが出てくるぞ!」と身構えた瞬間……
 メロディーが消えてしまうのです。
 正確には、小さくピチカートとかで演奏されてはいるのですが、前奏の部分がフォルテで盛り上げた絶頂でスパッと切られて小さくなってしまうため、まるで消えたかのように感じるのです。
 頭の中ではメロディーは奏でられているのに、耳には聞こえないのです。
 そして、対旋律の方がかえってフォルテで演奏されたりするので、ネガポジが反転された写真を見ているかのような奇妙な、そして新鮮な感覚を味わえます。
 また、9の闘牛士の歌では、旋律が消えた後の対旋律として、本来は第4幕の最後の最後(ホセがカルメンを殺すシーン)で演奏される悲劇的な対旋律が用いられているため、明るい闘牛士の歌に不幸な未来が予感されている形になっています。


 この曲は、わたしにカルメンの新しい一面を与えてくれました。
 そして、テーマの発展の可能性についていろいろと教えてくれた曲です。(2001/3/9)