P.I.チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

指揮ジョン・バルビローリ
独奏Vn:ミッシャ・エルマン
演奏ロンドン交響楽団
録音1929年
カップリングJ.S.バッハ ヴァイオリン協奏曲 第2番 他
発売Pearl
CD番号GEMM CD 9388


このCDを聴いた感想です。


 さて、エルマンのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲では二つ目の感想です。
 前回感想を書いた演奏は、1945年とやや晩年に近づいた頃の演奏でしたが、今回は1929年、エルマンがまだ38歳の頃で、3種類あるエルマンの録音の中では、最も古い録音になります。
 で、エルマンといえば「エルマン・トーン」です。
 前回は既に50歳を越してからの演奏だったのでエルマン・トーンは聞き取れませんでした。しかし、今回はまだ38歳での演奏です。いくら「名曲決定盤」(著者:あらえびす、中央公論新社)の中で、電気録音当時には既に往年のエルマン・トーンを失っていた、というようなことが書かれていようとも、少しはエルマン・トーンの残り香くらいは感じられないかと思い、期待して聴いてみました。
 結果はというと、残念ながら、悪魔的と言われるほどの魅力は今回も感じられませんでした。
 やはり、38歳ですら年をとり過ぎていたのかもしれませんし、その上、録音状態があまり良くなく、音を十分に伝えきっていないという点もあると思います。
 もっとも、聴いているわたしの耳がいい加減ですし、そもそも言葉だけで想像しているため、美化し過ぎているのかもしれません。
 ただ、悪魔的な魅力とまでは行きませんでしたが、エルマンの音色の傾向はなんとなくわかってきました。
 この演奏(と録音)で聴く限りでは、エルマンの音色は、ハイフェッツ等のような鋭くキレのある音色ではなく、もっと角の取れた丸い音でした。その代わり、音自体は太く重く、力が入っています。
 これに、鼻にかかったような甘さを加え、歌う時に、テンポの揺れやポルタメントなどでいろいろと彩りを添えたものが、エルマンのスタイルだと思います。
 おそらく、力強さと甘さをもっと強烈にしたのが、かつてのエルマン・トーンだったのではないでしょうか。
 ただ、歌っている最中でのテンポの伸び縮みについては、後年のパレーとのライブよりも、この録音の方がおとなしく、より直線的に近い形で演奏しています。
 もっとも、直線的といっても、そこはエルマンですから、他の演奏家に較べればはるかに伸び縮みが激しい演奏で、特にメロディーの締めくくりといったここぞという部分で急にテンポを落として強調するあたりは、後年と共通しています。
 一方、テクニックに関しては、さすがにこの若い頃の録音の方が安定しています。
 実は、指の回り具合については、ちょーっと怪しいかな、と思う部分も無くは無いのですが、音程については安定していて、ほぼ安心して聴いていられます。
 さらに、後年のパレーとのライブではやっていないのに、この録音では、楽譜に無いカデンツァを途中に挟み込んで演奏していたりします(第1楽章の中盤で、ソロが休みでオーケストラが全合奏でメインのメロディーを演奏する直前とか)。よほどテクニックに自信があったのでしょうか。まあ、時代が時代なので単に好き勝手にいじっているだけなのかもしれません。
 この演奏は、ソリストが大物な上、テンポを好き放題動かす方なので、伴奏はソリストに合わせなければならないので、なかなか苦労しているようです。
 指揮はまだ30歳になるかならないかぐらいのバルビローリですが、ほとんど気ままと言えるぐらい自由奔放なソリストに頑張ってよくついていっています。
 オーケストラのロンドン響は、少し反応が重くなりがちですが、だいたい揃っていますし、なにより響きがよくまとまって締まっています。ただ、なにせ録音が録音なので細かい部分が埋もれてしまい、聞き取りづらいのが残念ですが。

 後、特記しておきたいのが楽譜のカットです。
 この曲は慣例的にカットされることが多い曲で、第3楽章のカットは現代でも行われる場合があるぐらいです。
 ただ、この演奏は、第3楽章だけでなく、第1楽章にもカットがあります。
 第3楽章ならともかく、第1楽章にカットがある演奏はそうは無く、そういう演奏がこの演奏も含めて軒並み古い録音であるところをみると、おそらく録音時間の都合ではないでしょうか。
 その第1楽章のカットというのが、第141〜154小節で、これがまた無茶なカットなのです。
 この前後のつなぎが、まるで木に竹をつないだみたいな強引なつなぎで、かなり無理があります。
 なんかこう、同じカットするにしても、もっと、自然にカットできる部分がありそうなものなんですけどね。(2004/5/8)


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