P.I.チャイコフスキー 交響曲第6番 ロ短調 <悲愴>

指揮ヴァレリー・ポリャンスキー
演奏ロシア国立シンフォニック・カペラ
録音1993年9月
販売CHANDOS
CD番号CHAN 9356


このCDを聴いた感想です。


 なんだか幽霊のような演奏です。
 暗く鬱屈していて、しかも実体が無いかのように弱々しく、生気が感じられません。
 第3楽章や、一部のff(フォルティッシモ)の部分を除けば、基本的な強さはp(ピアノ)で貫かれていて、盛り上がってもせいぜいmp(メゾ・ピアノ)、逆に弱くなるほうはどこまでも弱く、楽譜上でp(ピアノ)と書いてあれば出てくる音はppp(ピアニッシシモ)で、後はもう際限なく弱くなっていきます。
 弦楽器なんて、弓を半分くらいしか使っていないんじゃないかと思えてくるほどです。
 さらに、響きの方も陰鬱としているのですが、だからといって下に落ち込んでいるわけでもありません。
 下に落ち込めば確かにさらに暗くなるのですが、その分低音が強くなるため安定感が生まれます。
 しかし、この演奏は下に落ち込みません。下に落ち込むには低音が弱く、かといって上にも上がれず、それこそ足の無い幽霊のように響きが所在無く宙を漂っています。
「悲愴」の演奏というと、今までにも暗い演奏はありましたが、音自体はしっかりとした芯のある音でしたし、暗さと共に厳しさや甘さを感じさせる演奏でした。
 いわば精神的な面が強く、何か大きな壁に突き当たって絶望的になっているのであって、肉体的には問題はありません。
 しかし、この演奏は、もちろん精神的にも行き詰っているのですが、それ以上に肉体的に大きな問題があるように感じさせます。
 例えは悪いのですが、他の演奏がノイローゼや世を儚んでの若者の自殺とすれば、この演奏は『衰弱死』とか『餓死』といった、ジリ貧になって消えていくような死に方です(本当に例えが悪くて申し訳ありません)
 ほとんど世の中の不幸を一身に引き受けたような雰囲気があり、『不景気』とか『不振』とか『リストラ』とか『倒産』といった暗い言葉は、どれもこの演奏にそのまま当てはまります。
 ただ、念のため書いておきますが、わたしは「だからこの演奏はダメだ」と言いたいのではなく、「これこそ、この演奏の一番の魅力」だと思っています。
 この虚無的な雰囲気は、なんとはなしに核戦争後の世界をイメージさせます。
 暗く、声一つ聞こえず静かで、動くものは何も無く、力無く佇み、ひたすら無力感に襲われている、そんな世界に入ってしまったかような気になります。
 例えマイナスの方向でも、これだけ強い印象を植え付けるのは、やはり並大抵の演奏ではないということです。(2004/1/17)