P.I.チャイコフスキー 交響曲第6番 ロ短調 <悲愴> 〜第2・4楽章〜

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏ニューヨーク・フィルハーモニック
録音1923年4月19・23日
発売及び
CD番号
BIDDULPH(WHL 025-26)


このCDを聴いた感想です。


 メンゲルベルクの演奏というと、バッハの「マタイ受難曲」と並んで、最も知名度と定評が高いのが「悲愴」というのは、まず異論の無いところでしょう。
 しかし、メンゲルベルクの「悲愴」として有名なのは、1937年もしくは1941年にコンセルトヘボウ管を振ったスタジオ録音のどちらかであり、今回取り上げる1923年にニューヨーク・フィルを振ったスタジオ録音が言及されることはほとんどありません。
 わたしの知っている限りでは、あらえびす氏の「名曲決定盤」(中央公論新社)において、1937年の録音を語る上での前振りとしてわずかに触れられているのが唯一の例外です。
 同じ曲の録音だというのに、1937年と1941年の録音に較べて、なぜにこんなにも扱いに差があるのでしょうか?

 当たり前です。

 まず、この録音は全曲ではなく、第2楽章と第4楽章しかありません。
 その上、1923年の録音という事は、電気録音ではなく、未だ機械録音の頃。後の1937年と1941年の録音にしても、戦前ですから録音が良いといってもたかが知れているのですが、それでも1923年の機械録音とでは、その差はあまりに歴然としています。音の広がり、鮮明さ等、全く勝負にならないくらい明らかに違います。1923年の録音を聴いた後、1937年の録音を聴くと、聴いた瞬間は、本当に冗談抜きで、1950年代くらいの録音に聞こえるほどです。
 とりあえず芸術性云々を抜きにしても、これだけ差があるのでは、1923年の録音について語られなくても致し方ないところでしょう。

 ただ、後の二つの録音のルーツという点では興味深い演奏ですし、当時の録音環境の辛さが伝わってくるという点でも、なかなか面白い演奏です。
 まず、この演奏は、第2楽章と第4楽章のみの録音と書きましたが、それぞれの演奏時間は、4'13"と4'29"です。
 後の録音では、第2楽章で8分強、第4楽章は1941年の録音で9'29"、録音上の制約から後半飛ばしまくったと言われている1937年の録音でも8'29"かかっています。
 つまり、後の録音のほぼ半分の時間しかありません。
 では、半分という事は、楽章の前半だけとか後半だけかというと、そうではありません。
 ちゃんと始まりは楽章の最初の音で、最後も楽章の最後の音で終っています。
 それなのに、演奏時間が半分とはどういう事かというと……そう、カットの嵐なのです。
 それぞれの楽章の演奏時間が4分から4分半というのは、おそらく一枚の原盤に収めるためだと思うのですが、そのために、もう切って切って切りまくっています。
 まず、繰り返しは当然の如く全て一回のみ、同じメロディーが楽器を変えて何回か繰り返される場合は最初の楽器のみ、たまたまあるメロディーの終りの音とずっと後で登場するメロディーの最初の音が同じ場合は一気にワープ。
 第4楽章なんか、楽章の途中でフォルティッシシモで盛り上がる部分が、1回目が長調で2回目が短調と、本来は2回あるのですが、短調の方をバッサリとカット。長調で盛り上がった最高点から、一気にトロンボーンのコラールの直前に飛ぶという、アクロバティックな離れ業まで飛び出しています。
 はっきりいって、既に<悲愴>とは呼べないくらいズタズタに裁断されているのですが(そりゃそうです。なにせ楽章の半分がカットされているのですから)、とにかく4分半以内に収めて、その短い中で、せめて原曲の雰囲気だけでも感じてもらおうと、要素を目一杯押し込んだ編曲者の涙ぐましい努力が伺われて、例え結果がどうであれ、素直に脱帽しました。

 一方、演奏内容についてですが、これも録音上の制約を受けている事もあって、速めのテンポでどんどん進めています。
 後の演奏ではテンポを常に動かしていて、最初遅いテンポからだんだん速めて行き、山の頂点まで来たら逆に遅くしていくという、波のような押して引いてがあったのですが、この1923年の録音では、基本的に押してばっかりです。
 小節毎や小節内でテンポを緩めたりはせず、一定のテンポもしくは少しずつ速くしていきながら、どんどん前へと積極的に突き進んで行きます。
 それでも、メロディーの変わり目のような、ここぞという部分では、大きくテンポを落とし、甘くポルタメントをかけている辺り、1937年と1941年の録音の原点である事を伺わせます。
 そのテンポ変化は、まだまだぎこちなさがありますが、その分テンポが固く安定して鋭く、全体的にはスッキリとしています。
 これで強弱にもっと差があればなお良かったのでしょうが、こればっかりは録音上限界があり、ニュアンスを変えたりして少しでも差を出そうと頑張ってはいるのですが、残念ながら、どの音もみなフォルテのままで強くも弱くにも変わらないように聞こえます。(2003/8/2)