P.I.チャイコフスキー 交響曲第6番 ロ短調 <悲愴>

指揮ユージン・オーマンディ
演奏フィラデルフィア管弦楽団
録音1936年12月13日・1937年1月9日
販売Biddulph(Victor)
CD番号WHL 046


このCDを聴いた感想です。


 オーマンディとフィラデルフィア管との、その後40年以上にも及ぶ膨大な録音キャリアは、この録音から始まりました。
 当時、オーマンディは37歳。
 その前に常任を務めていたミネアポリス響とは、既に何枚か録音したことがありましたが(しかも、マーラーの「復活」とか大曲も録音しています)、フィラデルフィア管とは、初めての録音でした。
 フィラデルフィア管は、ちょうどストコフスキーとオーマンディが入れ替わり始めた時期で、、オーマンディも常任指揮者ではありましたがストコフスキーとの双頭性で、単独の音楽監督になるのは、2年後の1938年からです。
 最初の録音として選ばれた「悲愴」は、この録音を皮切りとして、その後、4〜5回は再録音している筈ですが、わたしは、残念ながら聴いたことがありません。
 そのため、後年のオーマンディのイメージは、悲愴以外の曲によるものですので、ご注意ください。

 その後年の、スタンダードな演奏をするイメージとは少し異なり、この演奏には、19世紀のいわゆる巨匠達(…それをいったら、オーマンディも19世紀の生まれですが(汗))のような劇的な音楽作りが多く見受けられます。
 第1楽章の第2主題の優雅なメロディーでは、テンポを思いっきり後ろに引っ張って、余韻たっぷりに歌わせていますし、第3楽章のマーチでは、後半の一番盛り上がる、4拍目にシンバルが入り、次の小節から盛大にメロディーが登場する部分で、シンバルの入る4拍目だけテンポを落とすのではなく、その次のメロディーに入ってからもテンポを落としたままで、その部分をより強調しています。
 中でも、特に個性的なのが第2楽章の中間部で、8小節を一つの単位として大きく強弱をつけ、テンポもだんだん後ろに引っ張って遅くして行ったり、逆に、どんどん速めて行って次の単位に飛び込んだりと、大きなスケールで変化をつけています。しかも、その一つの単位の中は中で、ちゃんと楽譜通り2小節を単位とした細かい強弱の変化も行なっているのです。これにより、音楽の表情がより豊かになり、まるで意志を持っているかのように感じられました。
 その一方で、第1楽章の再現部や第3楽章の全般のような速い部分では、音楽は直線的で、後年のようなスマートさや手際の良さよりも、もっと切羽詰ったような緊張感のある、ぐいぐい突き進んでいくような推進力を感じます。
 それに加えて、これは録音やリマスタリングの影響によるものかもしれませんが、ティンパニーのアタックの効いた重い音が、ずいぶんマイクに近づいて入っているため、腹にズシリと来るような重さと力強さがあります。これは結構印象的でした。

 わたしは、オーマンディの若い頃の演奏をほとんど聴いた事が無かったのですが、意外と過去の指揮者達の影響がストレートに出ているようですね。
 さすがにオーマンディ独自のスタイルを確立するのには、もう少し時間が掛かったようで、ゴージャスと称されるいわゆる『オーマンディ・サウンド』も、録音が昔過ぎるせいもあって(……というかそれが理由の大半なのでしょうが)、まだはっきりとは姿を表していません。
 ただ、録音が昔で音が悪いといっても、1930年代としては、かなり良い方ではないかと思います。
 雑音はほとんどなく、フォルテになっても割れたり潰れてはいませんし、個々の楽器の音も、なかなか鮮明に聞こえます。(2003/5/17)