P.I.チャイコフスキー 交響曲第6番 ロ短調 <悲愴>

指揮セルゲイ・クーセヴィツキー
演奏ボストン交響楽団
録音1930年4月14〜16日
カップリングロメオとジュリエット 他
「SERGE KOUSSEVITZKY conducts TCHAIKOVSKY」の一部
発売Biddulph(Victor)
CD番号WHL 034/5


このCDを聴いた感想です。


 よく歌い、しかもその歌い方が、とても自然で生き生きとしています。
 チャイコフスキーですから、もともとメロディーには哀愁があります。それをクーセヴィツキーはしっかりと感情を込め、ここ一番ではたっぷりと重みを乗せて歌わせています。
 そもそもこの時代の演奏は、そういう感情を込めた演奏が多く、代表というと、やはりメンゲルベルクでしょう。ただメンゲルベルクの歌い方はもっと大胆で、感情を強く出すあまりしばしば曲の流れを遮ってしまうことがあるのに対して、クーセヴィツキーは、あくまでも曲の流れは遮らず、むしろ流れに乗って歌っています。そのためテンポ感が非常に良いのです。
 逆に、テンポ感というかスピード感のある演奏というと、トスカニーニの演奏があり、これもよく歌っています。しかしトスカニーニとも異なるのは、トスカニーニのテンポが力でズドーンとまっすぐ押して行き、良くも悪くもテンポが曲を引っ張って行く演奏なのに対して、クーセヴィツキーは、ずっと柔軟性があり、ときにクーセヴィツキーの方でグッと引っ張ることはあるものの、だいたいは曲の自然な流れに上手く合わせています。曲の流れを上手く捉えてそれに乗せて歌わせることで、感情込めていても、押し付けがましく聞こえません。逆に、メロディーの魅力を最も上手く引き出せるのはこの歌い方ではないかと思えてくるほど自然に聞こえます。
 しかも自然に聞こえるのはメロディーだけでは無いのです。例えば、第1楽章の第42小節辺りの、テンポがアレグロになって弦楽器がタンタタタッタといった跳ねるようなリズムを繰り返すところなどは、このちょっとした動きがすごく生き生きとしていて、<悲愴>という曲なのに心がどんどん浮き立ってくるぐらいです。
 その一方で、部分的にあるクーセヴィツキーの方で曲を引っ張る部分は、ここだけは大きく見得を切っています。最も目立つのが、同じく第1楽章の中盤で、ファゴット(この演奏ではバスクラリネット)がp(ピアノ)6個を要求される有名な部分の後、曲が急に激しくなる部分です。楽譜の指定は「Allegro vivo(活発に)」なのですが、活発どころかテンポをかなり遅く取り、むしろ重々しく始まります。以降の10小節間ではテンポが逆に遅くなっていき、オーケストラ全体での10小節目のスフォルツァンドをガッと強調しておいて、次のヴァイオリンのメロディーからパッとテンポを切り替え、快速に進めていきます。たしかに第1楽章のクライマックスの一つですが、ここまで極端に強調する演奏は、なかなか無いのではないでしょうか。
 また、聴いていてクーセヴィツキーの解釈の他に感心したのが、オーケストラが地味に上手いことです。
 バリバリ弾いていたり、透き通るような透明感などではありませんが、第3楽章など、速いテンポで進んでいく中で、よくよく聴くと細かい部分がピタリと合っていて、音楽がきちんと締まって聞こえます。
 さらに、実は上手いのが金管です。「弦のボストン」ということで弦がどうしても目立っていますが、金管もよく聴くと、ストレートで綺麗な伸びる音色です。残念なことに録音が古すぎてあまりマイクには入っていませんが、実際にはきっと遠くまで良く通ったと思わせるような音色でした。
 まあ録音は1930年なので、全体的に厳しい状況ですが、音に割れや歪みが無いため、年代の割にはかなり聴きやすい方だと思います。(2010/6/5)


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