P.I.チャイコフスキー 交響曲第5番 ホ短調 〜第2・3楽章〜

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1927年6月10日
発売及び
CD番号
Pearl(GEMM CDS 9070)


このCDを聴いた感想です。


 この録音は、メンゲルベルク最初のチャイコフスキー交響曲第5番の録音です。
 しかし、第2・3楽章しか録音されず、しかも、録音が行われたほぼ一年後(正確にはちょうど11ヶ月後ですが)に、今度はちゃんと全楽章を録り直したこともあって、そちらの方がレコードとなり、この1927年の録音は、ほとんど日の目を見ることがありませんでした。
 一応、以前、フランスのみでLPが出たこともあるらしいのですが、あまり出回っていないでしょうし、このCD(Pearl(GEMM CDS 9070))が、ほとんど初出といっても良いぐらいでしょう。
 1927年に、第2・3楽章のみとはいえ一旦録音しているのに、たった一年後に再録音しているのは、音源に再生不能等の技術的な問題がない以上、おそらく、メンゲルベルク本人が1927年の演奏を気に入らなかったのではないかと思います。
 1927年と1928年の録音を比べて聴いてみると、なぜメンゲルベルクが1927年の演奏を気に入らなかったのか、なんとなくですが見えてきました。
 両方の演奏を比べた時に、大きく分けて違いが3点あります。
 その中で、もっとも大きいのがテンポの違いです。
 メンゲルベルクのチャイコフスキーというと、まだ少しは直線的に演奏しそうなベートーヴェン等と違って、いかにもテンポを傍若無人に頻繁に動かしていそうですが、その予想は間違っていません。
 基本的なテンポの動かし方は両方の演奏ともほとんど同じで、1920年代後半というメンゲルベルクとしては比較的若い頃の演奏ですが、既にテンポの変化は大きく、メロディーから次のメロディーに移る時に大きくテンポを落とすだけでなく、メロディーの中でさえ流れに合わせて、劇的な効果を最大限に高めるように常にテンポを動かしています。
 その変動の激しさは、さすがに後の1939年のライブ録音には負けていますが、1940年のベルリン・フィルとのスタジオ録音とでは、むしろこの1920年代の演奏の方が大きいくらいです。
 ただ、念のために書いておきたいのですが、メンゲルベルクの演奏は、それだけ激しくテンポを動かし続けているのにもかかわらず、全体で見ると、一定のテンポ感が保たれています。
 いくらテンポが次々と変わって行っても、それは行き当たりばったりではなく、ほとんどは計算されたもので、例えば、テンポを遅くして行く場合は、遅くなったテンポで固定されるのではなく、急に戻るのか徐々に戻るのかの違いはあっても、元のテンポに戻ります。つまり、動いた分は必ずどこかで取り戻しているわけです。
 そのため、いろいろテンポを動かしている割には、意外と芯のしっかりした健康的な雰囲気があります。
 さて、ここで話を1927年と1928年の違いに戻しましょう。
 1927年と1928年の演奏のテンポの違いは、その動かし方です。
 特に第2楽章の方に、より大きく違いが出ています。
 テンポを遅くする時は両方とも大きな差は無く、流れに沿って遅くなっているのですが、テンポを戻す時、再録音の1928年の方では自然にテンポアップしているのに比べて、今回取り上げる1927年の方は、その戻り方が不自然なのです。
 なんだか後ろから煽られているみたいに、妙に慌てていて、先へ先へと走りすぎてしまい、前のめりに詰まってしまっています。
 再録音の自然なテンポアップに比べて、いかにも無理矢理テンポを引き上げているようで、曲全体の雰囲気まで落ち着きが無く浮き足立って聞こえます。
 再録音での変化を考えると、これが録り直しの理由であっても、わかるような気がします。
 ついでに、わたしは当初、1927年の不自然なテンポアップは、録音時間の制約によるものであり、再録音で自然になったのは、一年の間に録音技術が進歩して、長時間の録音が可能になったためかと思っていました。
 しかし、改めて、二つの録音の演奏時間(第2楽章)を見比べてみると、1927年の録音が『14:02』で1928年の録音が『14:14』と、たしかに1927年の録音の方が短いといえば短いのですが、これぐらいであればおそらく誤差の範囲でしょう。
 もし、録音時間の制約によって不自然な加速を強いられたのであれば、それは単に、1927年の録音の方が、テンポを落とす時に、思いっきりやりすぎたということですね。
 一方、テンポの変化の違いに比べると、2点目、3点目の違いはそれほど大きなものではありません。
 まず、2点目ですが、これはポルタメントの出てくる頻度です。
 1928年の再録音は、1927年の録音に比べて、ぐっと増えています。
 1927年の録音は、ポルタメントをほとんどかけていないか、録音状態もそれほど良くないこともあって、かけていてもごく一部しか聞き取れません。
 しかし、それが1928年の再録音では、後年の1939年のライブ録音にかなり近づき、頻繁にポルタメントを入れています。少なくとも、そこかしこではっきりと聞き取ることができます。
 ただ、この違いが、わざわざ再録音するほどの理由になるか、という点では、怪しいものでしょう。
 3点目の違いは、上記でも少し言及しましたが、録音の差です。
 この二つの録音は、一年も間が開いていないわりに、録音状態に意外と大きな差があります。
 リマスタリングやマスターの保存状態にもよるのかもしれませんが、1928年の再録音に比べて、1927年の録音は雑音が多く、細かい部分もあまり鮮明に聞こえません。
 この時代の一年の差はやはり大きかったというところでしょうが、それでも1920年代の録音であることは変わりなく、まあ、五十歩百歩の違いといったところでしょう。
 でも、ポルタメントを入れる入れないよりは、まだ再録音する理由として成り立ちそうです。

 さて、1928年の再録音より、少しは劣るように聞こえた第2楽章と違い、第3楽章は、むしろ1927年の録音の方が良いのではないかと思いました。
 ちょっと後ろに引張り気味の再録音に比べて、1927年の録音はテンポがよく、なにより音に勢いがあります。
 テンポ変化も自然ですし、途中の弦楽器の速い動きなどは、両者とも太い音でありながら締まったアンサンブルで、この迫力は互いに一歩も引けを取りません。
 ポルタメントと録音状態については、たしかに再録音の方に分があるのですが、個人的には1927年の旧録音の方でも十分に使えた……というか、お蔵入りさせたのは非常にもったいなかったのではないかと思いました。(2004/2/28)