P.I.チャイコフスキー 交響曲第5番 ホ短調

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音1940年7月8・11日
発売及び
CD番号
TELDEC(243 727-2)
ワーナー(WPCS-4327〜30)
BIDDULPH(WHL 051)


このCDを聴いた感想です。


 これは、メンゲルベルクが珍しくベルリン・フィルを指揮した演奏です。
 現在残っているメンゲルベルクの録音は、ライブ録音も含めて7〜8割はコンセルトヘボウ管を指揮したもので、残りもほとんどは常任を務めていたニューヨーク・フィルとのものです。
 その二つのオーケストラ以外の録音は非常に数が少なく、このベルリン・フィルとの録音は貴重な例外にあたります。
 メンゲルベルクは、ベルリン・フィルとはこの交響曲第5番と、同じくチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の2曲しか録音しておらず、ライブ録音も今のところ一切見つかっていません。
 両曲とも録音されたのはほぼ同時期なのですが、録音された1940年7月というのは、実は非常に微妙な時期なのです。
 当時ドイツはヒトラー率いるナチスが政権を握っていましたが、そのヒトラーがポーランドに侵攻し第二次世界大戦が始まったのが前年の1939年の9月1日。しばらくはドイツは東と北のみに勢力を伸ばし、オランダがある西側は、イギリス・フランスとドイツの間で宣戦が布告されているにもかかわらず、戦闘は発生していませんでした。
 しかし、1940年5月についにドイツは西側への侵攻を開始します。
 オランダは中立を宣言していましたが、ドイツはそれを無視してオランダ国内に侵入、オランダは一週間で降伏しました。
 つまり、この録音はオランダがナチスに占領されてから初めての録音にあたるのです。
 ついでに、録音が行なわれた7月の前の月の6月にはフランスも降伏し、西ヨーロッパは大部分がドイツの占領下におかれています。
 メンゲルベルクは、オランダが占領されてたった二ヶ月後に占領国の首都のオーケストラを指揮して録音を行なっているのです。
 いくらメンゲルベルクが政治面に無知かつ無関心だったとしても、これでは終戦の際にドイツに対する協力を疑われても致し方ない気がします。
 ちなみに、ドイツに占領される前の最後の演奏は、フィリップスに残っているベートーヴェンのチクルスです。
 なかでも、最後の第9番の演奏が行なわれたのは5月2日。本当に戦争間際の演奏です。
 そして、一週間後にはドイツ軍がオランダに侵攻。
 次にオランダがドイツの支配から抜け出した時、既にメンゲルベルクは指揮することが許される身ではありませんでした。

 さて、それでは演奏の話に入りましょう。
 メンゲルベルクは、チャイコフスキーの交響曲第5番の録音を、このベルリン・フィルと以外にも、コンセルトヘボウ管とスタジオ録音とライブ録音を各一種残しているのですが(厳密には断片的に残されているのがもう一種類あります)、それらの演奏と比較しても、テンポ変化という点では、メンゲルベルクの指揮に慣れていないベルリン・フィルといえども手加減したりせず、容赦なくコンセルトヘボウ管の演奏と同じテンポ変化をさせています。
 一方、ベルリン・フィルもそれによくついて来ています。
 フルトヴェングラーもよくテンポを動かす方なので、オーケストラの方も割と慣れているのかもしれませんが、少々のテンポ変化では動揺することなく、全く違和感を感じさせません。
 音も太く安定しており、しかも、縦の線という点ではコンセルトヘボウ管よりもピッタリ揃っている部分も多く、当時のベルリン・フィルのレベルの高さが伺えます。
 さらに、コンセルトヘボウ管とベルリン・フィルとの違いで、わたしが強く感じたのは柔らかさです。
 コンセルトヘボウ管はいくらスタッカートで切っても音が柔らかく木目調なのですが、ベルリン・フィルは、もっと硬度の高いメタリックな響きに聞こえます。この硬さがあるからこそベルリン・フィルのテクニックの高さがより際立って聞こえ、響きも遥かに華やかさがあります。

 ただ、上記に少々のテンポ変化には動揺しないと書きましたが、少々を超えるテンポ変化となると、さすがのベルリン・フィルも耐え切れないようで、次第に音が薄くなってしまっています。

 また、もう一点、ポルタメントについては、コンセルトヘボウ管の時に較べ、この演奏では、メンゲルベルクは明らかに減らしています。
 コンセルトヘボウ管との演奏ではポルタメントにしていた部分のほとんどは、単なるスラーに変え、残したポルタメントも軽くかけるにとどめています。
 おそらく、ポルタメントばかりは一朝一夕には合わせられないと考えて省いたのでしょうが、聴いている方としては、たしかにスッキリしているのですが、やはり少し物足りないのも事実です。

 さらに、楽譜上にも一箇所大きな違いがあります。
 それは、第4楽章の第501小節目のトランペットです。(譜面(1)及び(2)を参照してください。(1)と(2)は続きなのですが、丁度スコアのめくる部分でしたので、二つに分かれてしまいました。赤い○で囲んだ部分が第501小節のトランペットで、次の小節の赤い▲の部分で、シンバルが入ります)
第4楽章の楽譜です
 ここは、曲中たった一ヶ所シンバルが入る部分の直前なのですが、この部分のトランペットは楽譜上は、メロディーではなく、実音でEの音を四つ吹くだけです。(譜面(3)を参照)
 メンゲルベルクは、この演奏ではトランペットにEの音四つではなく、E・Fis・Gis・Aとメロディーを吹かせているのです。(譜面(4)を参照)
第501小節の楽譜です
 実は、この変更自体はメンゲルベルクが特別変わっている訳ではなく、他の指揮者でも同じ変更をしている人は多くいますし、現在でもしばしば見かける変更で、別に珍しくはありません。
 しかし、ここでポイントなのは、メンゲルベルクはコンセルトヘボウ管との演奏の際は、この変更を行なわずトランペットに楽譜通り演奏させているということです。
 それなのに、この演奏ではトランペットの音を変えさせています。
 メンゲルベルクは、繰り返しの有る無しを別にすれば、一度楽譜を決めたら、それを変更することはほとんどありません。1920年代の演奏だろうが、1940年代の演奏だろうが、楽譜は同じです。
 それを考えると、この変更はなかなか興味が沸いてきます。
 推測するに、おそらくベルリン・フィルが以前からそう演奏していたのでメンゲルベルクもその慣用に従ったのだと思いますが、カットに関しては、メンゲルベルクが自分の意志を押し通していることを考えると、別の理由もあったのではないかと、いろいろ想像したくなって来ます。

 録音は、当時としてはほぼ最高と言って良いでしょう。
 テレフンケンのお膝元ということもあり録音条件も良かったのでしょう、細かい部分までクリアに録音されています。(2002/2/1)