P.I.チャイコフスキー 交響曲第5番 ホ短調

指揮エフゲニー・ムラヴィンスキー
演奏レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
録音1983年3月19日
発売ビクター
CD番号VDC-25024


このCDを聴いた感想です。


 この演奏は、一言で言うと「デフォルメ」された演奏です。
 例えば、メンゲルベルクの演奏もある意味ではデフォルメされた演奏です。
 ただ、メンゲルベルクの場合は、メロディーのロマンティックな部分と劇的な盛り上がりをデフォルメしているのに較べ、ムラヴィンスキーは、楽器間のバランスやダイナミクスをデフォルメしています。
 その結果として、チャイコフスキーによく見られるムード音楽的な部分が消えて、交響曲としての構成や堂々とした力強さが強調されています。
 吉田秀和氏がどこかに書かれていましたが(もしかしたらムラヴィンスキーではなく他のロシアの指揮者についての部分かもしれませんが…)、「鎧兜をまとったチャイコフスキー」という表現がピッタリあてはまるようなリッパな交響曲という面が表に出ています。

 実際に聞いていてまず気がつくのは、テンポが速めで貫かれ、あまり伸び縮みが少なく、前に進んで行く感じが強いというところです。
 しかし、一つ一つの音自体は、むしろテヌート気味に伸ばされているため、べったりとしたロシア的雰囲気が全体を包んでいます。
 また、ロシアのオーケストラの並び方は西欧の並び方とかなり異なっており、弦楽器はヴァイオリンが左右に分かれている一昔前の並び方で、トランペットは2ndヴァイオリンの後ろのステージそで近くといった風です。
 CDでもそれらの掛け合いがよくわかります。

 ムラヴィンスキーは楽譜の音符自体を変えることはあまりしないのですが、表現記号や強弱記号はもともとの楽譜から変更している部分がかなりあります。
 それらが顕著に表れているのが第4楽章です。
 もっともビックリしたのは58小節目の遅いテンポからアレグロに変わる部分です。
 この部分は静かな音楽からティンパニーのロールがクレッシェンドして盛り上げ、弦楽器や木管楽器がフォルテで入ってくるのですが(指揮者によっては、小節の頭でティンパニーにアタックの効いた一発を入れさせる人もいます)、ムラヴィンスキーはクレッシェンドせずピアノの状態を保ち、弦楽器や木管楽器もピアノ微かに入ってきて、4小節過ぎた辺りから盛り上げ、フォルティッシモに持って行きます。
 この部分は聴く度にものすごい緊張感を感じます。そしてこの演奏の最も好きな部分です。
 もう一つの大きな変更点は499小節目の最後の最後にテーマが戻ってくる前のプレストに入る5小節前です。(ややこしい表現ですみません。メンゲルベルクを聴いたことのある方なら、シンバルが入る3小節前と考えればわかると思います)
 この部分は基本的にフォルティシシモもグイグイ押して行く部分なのですが、ムラヴィンスキーはこの部分で一旦ピアノに落とすことで、プレストに入る前の盛り上がりを強調しています。
 他の指揮者は、その部分で、本来なら4分音符で4つ同じ音を吹いているトランペットにメロディを演奏させることで盛り上がりを強調することが多いのですが、この一旦ピアノに落とす方がより盛り上がりを強調できると思います。

 この曲は第2楽章にホルンの長いソロがあるのですが、わたしは、いままで聴いた中でこの演奏のソロが一番好きです。
 ホルンの音色自体がなんだかユーフォニウムに近い上、かなりビブラートをかけて、ここだけは情緒たっぷりに吹いています。

 ムラヴィンスキーのチャイコフスキー交響曲第5番の録音はそれこそ五指にあまるぐらい残されており、一般的には1960年にグラモフォンに録音された西欧での唯一のスタジオ録音が有名ですが、わたしは、この後年の演奏の方が好きです。
 グラモフォンの録音がよりスタイリッシュにバランスを整えているのに対して、この録音はデフォルメの度合いが高くなっています。
 そして、なによりもグラモフォンの録音では、第4楽章の58小節目の部分がピアノになっていないのです。(1999/1/7)

追記

 上記の文章で第4楽章で、499小節目でトランペットが四分音符のメロディーを吹かせる演奏があると書いていますが、501小節目の間違いです。
 つまり、メンゲルベルクがシンバルを入れる直前の小節です。(2001/4/4)


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