P.I.チャイコフスキー 交響曲第4番 ヘ短調

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1929年6月11・15日
販売及び
CD番号
Pearl(GEMM CDS 9070)
Music&Arts(CD-809)
G.S.E Claremont(CD GSE 78-50-48/49)
東芝EMI(TOCE-8191〜99)
オーパス蔵(OPK 2013)


このCDを聴いた感想です。


 この演奏は、緊張と弛緩を上手く使い分けた演奏です。

 チャイコフスキーの曲は、楽譜に強弱記号にフォルテが四つ書かれていたりピアノが六つ書かれていたりするように、どこか大仰なところがあります。
 メンゲルベルクのチャイコフスキーというのは、そういう傾向に拍車をかけている演奏で、甘い部分は蕩けるほど甘く、悲しい部分は涙が出るほど悲しく、激しい部分は火が出るような激しさを曲から引き出しています。
 この第4番も同様に表現の幅の広い演奏なのですが、メンゲルベルクは濃厚に表情付けするために『緊張』と『弛緩』を上手く使っています。
 例えば、強弱記号が同じピアノの部分でも、フォルテに向かって盛り上がっていく部分は、一音一音に力を込め、高い緊張感を生み出しています。
 特に第1楽章の381小節のMolto piu mosso以降(楽章の最後の方の繰り返し記号がついているところで、弦楽器がピアノから『タラッタターラ、タラッタターラ…』とフォルテに向かって盛り上がっていくところ)の緊張感は素晴らしく、フォルテに向かってジワジワと力を溜めているのがよくわかります。
 また、反対に落ち着いたピアノの部分では、『弛緩』させ、ゆったりとした雰囲気をつくり出しています。この『弛緩』というのは、決して気が抜けているとかそういう悪い意味ではなく、余裕がを感じさせ、安らかな落ち着いた雰囲気を感じさせるという意味です。
 このように『緊張』と『弛緩』をより強調することで、表現の幅が大きくなり、1929年という古い録音にも関わらず、驚くほど変化に富んだ表情を聴き取る事ができます。

 実際のところ、1929年という若い頃(一応50代)の演奏ということもあり、第1・3・4楽章に関しては、チャイコフスキーにしては珍しくテンポをあまり動かしていません。
 もちろん曲想もあるのですが、後年の第5番・第6番に較べると、遥かに一定のテンポを保っています。
 またテンポを動かす場合も、後年のように小節毎にテンポを変えたり、場合によっては小節の中で自由にテンポを変えたりするような動かし方ではなく、もっと数小節やフレーズ毎のような大きな単位でテンポを動かしています。

 その代わり……と言っては何ですが、第2楽章は後年を先取りしたような著しいテンポ変化があります。
 特にオーボエで冒頭から演奏される第1主題のメロディーは、傍若無人と言いたくなるほどテンポを激しく伸び縮みさせています。
 小節毎にテンポは全く異なる上に、小節の中でも思いっきりテンポを変えています。フレーズの最後なんかは、ほとんど止まりそうなぐらいテンポを遅くしているぐらいです。
 しかし、真に恐ろしいのは、このまるで奏者のアドリブのようなぐちゃぐちゃのテンポが、このメロディーが出てくるたびに寸分違わぬ形で繰り返されているところです。
 しかも、冒頭にこのメロディーが演奏されるときはほとんどオーボエだけですが、後から出てくるときには、伴奏はメロディーの八分音符よりも細かい16分音符等で演奏しているのです。
 こういう細かい音符の伴奏は、テンポを動かされると合わせるのが非常に難しくなります。
 それが、この演奏では、変幻自在なテンポ変化にもかかわらず、ピッタリとメロディーにつけてくるのです。
 メンゲルベルクもよくまあこんな細かいところまで、オーケストラに意思を徹底させたものだと感心します。

 メンゲルベルクは、第5番や第6番と異なり、この第4番は一回しか録音しておらず、ライブ録音も残っていません。
 この演奏は比較的若い頃なので、もっと後年の1930年代後半以降にもう一回ぐらい録音を残しておいて欲しかったものです。
 きっとこの演奏以上に濃厚な表情付けをしていたでしょうからちょっと残念です。(2001/8/17)