P.I.チャイコフスキー 弦楽セレナード ハ長調

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1938年10月6日
発売及び
CD番号
キング(KICC 2059)


このCDを聴いた感想です。


 もし今まで聴いたことが無い曲を聴く時に、最初に聴いてはいけない演奏というものがあるとすれば、この演奏はその筆頭に挙げられるのではないかと思います。
 演奏の解釈がどうこうといった内容以前に、冒頭から75小節までが完全に欠落していて、曲が第1楽章の76小節目、それも2拍目から始まるというのは、どう考えても真っ当な演奏とは言えないでしょう。CD化する時にミスでカットされたのではなく原盤から既に欠けているらしいのでこれ以上はどうしようもないのですが、間違えても標準的な演奏ではありません。曲を知らない人がこれを聴いて「弦セレ(弦楽セレナードのこと)って、こういう曲なんだ」と思い込んでしまったら大変です。
 実は、わたし自身、弦楽セレナードの初めて聴いた演奏がこれで、長らく誤解する原因となりました。もともとは一緒に収録されているチャイコフスキーの交響曲第5番が目当てで、弦楽セレナードはたまたまついてきただけですが、せっかく入っているのだから聴いてみたのです。当時は弦楽セレナードがチャイコフスキーを代表する作品の一つということすら知らなかった頃で、何の予備知識も無く聴いてみたら、音が悪いのはしょうがないとしても、非常に不自然でバランスの悪い曲という印象を受けました。CDの注意書きにはちゃんと第1楽章は75小節目までは欠けていて76小節の2拍目から始まりますよと、明記してあり、わたしもその点は十分に承知していたのですが、なにせ曲のどういう風に始まるのかも全く知らなかったため、欠落部分が頭の中で補えず、76小節以降だけでバランスが悪いと思ったのです。
 それが原因で、弦楽セレナードを積極的に聴こうとは思わなくなってしまいましたが、それからずいぶん経ち(一年以上は過ぎていたかもしれません)、何かの拍子で他のまともな演奏を聞く機会があり、初めて冒頭を知ったのです。そこでやっと「ああ、弦楽セレナードってこういう曲なんだ」とわかり、「なんだ実はいい曲じゃないか」と完全に評価を改めました。
 全曲を知った後で、改めてメンゲルベルクの演奏を聴き直すと、前半部分を頭で補えるようになったため、この演奏もまともに聴けるようになり、あわせて評価の方も一気にアップしたのです。もっとも録音の欠落以外にもいろいろ問題が多い演奏なので、やはり好事家向けということには変わりはありませんが。

 この演奏は、第1楽章が半分無いとはいえ、一応全曲の録音で、メンゲルベルクの全曲の録音は、これ以外にはほぼ一ヶ月後のスタジオ録音(こちらはちゃんと欠落していません)の二つだけです。第2楽章のスケルツォだけは、ほぼ10年前のスタジオ録音(マトリクス違いで2種類)と、そのまた5年前(つまりこの演奏からは15年前)のニューヨーク・フィルとのスタジオ録音があります。スケルツォだけの3種類の録音とこの演奏のスケルツォを較べると、さすがに10年の歳月は長く、過去の3種類が直線的で勢いがあるのに対して、この演奏は、テンポをもっと細かく動かし、より曲線的で粘った演奏になっています。特にもっとも違いが表れているのが一つ一つの音の切り方で、以前の演奏がスパッスパッと切ったキレの良い、言い方を変えれば勢い重視でそれほど頓着していないのに、この演奏では、音が切れるその瞬間まで歌い、どういう風に音を切って次の音につなげるかまで細心の注意が払われています。ほとんど末端肥大症に片足を突っ込んでおり、過剰なほど神経質に扱っています。
 一方、わずか一ヶ月後のスタジオ録音とは、同じ全曲同士の録音ですし、解釈も前の3種類に較べるとはるかに近いものです。第3楽章や第4楽章で頻繁に登場するカットも全く同じで、まあ相変わらず違和感ありまくりの不可解なカットです。ただ、ライブ録音とスタジオ録音という差なのか、一ヶ月という近い時期の割には、演奏に違いがあります。
 スタジオ録音の方が、過去の演奏に近く、より明快なのに比べて、この演奏はおそらくメンゲルベルクの弦楽セレナードの中で、最も曲線的で伸び縮みの激しい演奏ではないでしょうか。
 スタジオ録音はまだ全体の輪郭が保たれていますが、このライブ録音の方は、とにかくクライマックス重視に細部重視で、昔の諷刺画のように極度にデフォルメされています。
 それが端的に表れているのがテンポです。特に第2・3楽章で顕著なのですが、曲の山場で大きくテンポを変えるのはもちろん、そこに至るまでもそれこそ小節単位で少しずつ変えていき、助走つけておいてクライマックスでドカンと爆発させます。このテンポの変え方はパターンが決まっています。基本的にクライマックスに向けてテンポを速めていき、頂点で一気にテンポを落として、初めのテンポよりさらに一段階遅くしておいて、パッと元のテンポに戻すというやり方です。ここまで激しく盛り上がる弦楽セレナードというのもちょっと珍しいと思います。
 また、細部重視という点では、まさにメンゲルベルクのチャイコフスキーならではの期待を裏切らないものです。ひたすら甘く粘り、ポルタメントもこれでもかとばかりに多用されています。一つの音、そこから次の音への移り変わりまでドットの単位で一つずつ塗り分けたCGのように、細かくコントロールされています。これでクライマックスへの盛り上がりというわかりやすい流れが無かったら、ほとんどメロディーには聞こえないのではないかと思えるほど細部が異常に強調されているのです。
 他の指揮者の演奏とはもう完全に別の世界で、聴いてついていけなければ一発アウト、でも合えばとことん浸れる、そういう演奏なのです。

 この演奏のつらいところは、録音状態にもあります。
 この際、第1楽章の初めの大欠落はおいておくとしても、そもそも音がよくありません。
 1930年代後半のライブとしてもそれほど良くない方でしょう。途中で音が途切れかけて危ないと思える部分も多くありましたし。
 さらに、キングレコード特有の復刻の癖が思いっきり出ています。ノイズは少ないのですが、ノイズを抑えすぎたため、全体の響きまで悪化してしまい、幕を間に5枚ぐらい挟んだようなこもった音になっているのです。弦楽合奏ですからまだマシな方ですが、それでも細かい動きがだいぶ埋もれてしまっています。
 この演奏のCDは、わたしの知っている限りではキングレコード(SEVEN SEAS)のものしかなく(やはり第1楽章の半分がないせいか)、現状では他に選択肢がありませんが、一度、どこか他の会社から復刻してくれないものでしょうかね。(2005/5/14)


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