P.I.チャイコフスキー ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調

指揮ジョージ・セル
独奏ピアノ:ウラディミール・ホロヴィッツ
演奏ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団
録音1953年1月12日
カップリングP.I.チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番(ピアノ:ルービンシュタイン)
発売PALEXA
CD番号CD-0511


このCDを聴いた感想です。


 セルとホロヴィッツというと、聴く前から反射的に、両者とも硬質でクリアな音というイメージが浮かんできます。まさかそんな固定観念そのままなんてあるわけ無いと思いつつ聴いてみたものの、予想を裏切られたというべきか、それとも期待通りだったというべきか、まさに典型といいたくなるくらい、思い浮かべたイメージそのまんまな演奏でした。
 冒頭のホルンで始まるオーケストラから、すでに硬い響きです。力強くパワー全開で吹き鳴らしていますが、音は荒れることなく、響きは締まっていて、むしろ錐のように鋭く突き刺さります。直後に入ってくるピアノの和音も、鍵盤を力いっぱい叩いたような頭の角ばった硬く強い音なのに、音は濁らず、逆に宝石のようにクリアに輝いています。
 基本的に全編この調子で、特にピアノは、響きがかなり少な目ということもあって一音一音がすばらしく明瞭です。それがピタッピタッと当てはまっていく様子は、レーザーポイントで一つずつ指し示しているようで、爽快感を感じるほどです。
 その明快さは、クールというか、冷涼なほどです。オーケストラの響きもわりとドライで、ライブらしく気合が前面に出た熱い演奏ではあるものの、歌い過ぎたり細部にこだわり過ぎてドロドロになったりせず、鋭く締まっています。
 あまりにもクールなため、第2楽章などは、春のような暖かく穏やかな音楽ではなく、冬のように寒く感じます。ただ、冬といっても荒れる冬ではなく、カラッと湿度の低い晴れた冬で、気温は低いものの清涼といった清々しさがあります。
 第3楽章では、そこに氷の結晶が舞い散ります。
 この楽章の冒頭のピアノは、手持ちの9種類の演奏をいろいろ聴き比べをしてみました。
 同じ楽譜のはずながら、ピアニストによってアクセントを強調する人、逆にアクセントをあまり強調せずメロディーを聞かせる人、3拍目の装飾音の扱いもいろいろあり、これだけでもメロディー全体の印象に大きく影響を与えています。
 で、ホロヴィッツはどうかというと、これがすごいのです。まるでメロディーが無いかのように聞こえます。
 録音による影響もあると思いますが、音があまりにも硬く立っているため、音が一つ出るたびに、それがパッと空中に舞い散ってキラキラと光りながら消えていくような印象を受けます。そのため、音が横につながってメロディーとして捉えられないのです。ほとんどリズムだけになり、打楽器かと錯覚してくるほどです。
 オーケストラもオーケストラで、途中で入ってくる弦楽器のピチカートなどは、ピアノのメロディーを、思いっきり斜めに横切るなど、伴奏ではなく完全に主役ような存在感を見せています。
 ソロとオーケストラが一歩も後ろに引かず、伴奏のパートもメロディーに向かって平気で挑戦し、メロディーもそれを横にかわさず力で跳ね返します。一触即発の緊張感を保ったまま曲は進み、終盤にもなると、お互いに張り合って、緊張感と盛り上がりはとんでもないところまで行っています。曲の最後の2小節で、まるでどこかのメンゲルベルクのようにテンポを大きく落として締めくくっていますが、煽り合って引くに引けなくなった両者を強引に収めるためにはこうするしかなかったのではないか、と妙に納得してしまいました。
 いやもう、力と力の圧倒するようなぶつかり合いながら、クリアであるため、泥仕合になることなく、聴いた後もスポーツのようにすっきりとした気分になる爽快な演奏でした。

 ちなみに、ホロヴィッツのこの曲の録音は、義父トスカニーニと共演した戦前の有名な録音や、戦後では、同じニューヨーク・フィル響ながら指揮がワルターのものなどがあるようですが、残念ながらまだ聴いたことはありません。どちらもライブらしいので、これはぜひ手に入れて聴いてみたいものです。(2009/10/17)


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