P.I.チャイコフスキー ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調

指揮エリアフ・インバル
独奏ピアノ:ウェルナー・ハース
演奏モンテ=カルロ国立歌劇場管弦楽団
録音1970年6月
カップリングラフマニノフ ピアノ協奏曲 第2番
発売ポリグラム(PHILIPS)
CD番号PHCP-9530


このCDを聴いた感想です。


 硬質で力強く、それなのに軽さを兼ね備えた音。それがハースのピアノに対するわたしの印象です。
 一音一音がクリアに演奏され、レガートの部分でも、音の移り変わりはかなり明確につけられています。
 まるで白熱灯が当てられているように、蛍光灯の拡散した柔らかな光と違い、光と影の輪郭がハッキリと出ていて、音が出る時にはどんな音でも流したりせずしっかり弾くことでコントラストが強く出た演奏です。
 冒頭でピアノが最初に弾くフォルティッシモの分散和音からしてその特徴が表れています。硬い力強い音なのですが、叩きつけるような乱暴な音ではなく、音を遠くまで響かせるてまっすぐ丁寧に押し出すように弾いています。
 しかし、音は力強いのに重さはそれほど感じられません。
 これは良い点でもあり、弱い点ともいえるでしょう。
 重さがないため、どんなに力強く弾いていても、腹の底にズシンと来るような迫力がありません。そのため、いつも足が地に付いていないというか浮き足立っているように聞こえます。しかし、それは逆に言えば、足をとられたような重さから解放されて、宙を自在に飛び回っているみたいに軽快でもあります。
 さらに、これは伴奏のオーケストラの影響もあるのですが、ロシア的な暗さよりも、ラテン的な抜けるような明るさがそこかしこに感じられます。
 ただ、個人的には、せっかく軽いのですから、硬いだけでなく、ダイナミクスがピアノの部分などでは、もう少し柔らかく弾いて欲しかった気もしますが。

 一方、伴奏のオーケストラの方は、良くも悪くもフランス的です。(……とかいって、モンテ=カルロは正確にはモナコですが、まあ近いと考えてもいいのではないでしょうか)
 アンサンブル、なかでも縦の線はかなりラフで、エイヤッと気合一発だけで合わせているんじゃないかと思えるような怪しげな部分も結構ありました。
 その一方で、音色やメロディーの歌い方は、好みが分かれるところでしょうが、素直な明るさに満ちています。
 音色は平らで薄くサラサラとしていて、特に弱音器(ミュート)をつけた弦楽器なんかは、薄い和紙かなにかのように微かに引っかかり、いつまでも触っていたくなる絶妙な触感があります。
 メロディーも、チャイコフスキーだからといって思い入れたっぷりに弾くのではなく、むしろあっさりと言って良いぐらいのびのびと明るく演奏しています。
 しかし、明るくても決して華美ではなく、南仏の海岸のイメージとしても、太陽が燦々と降り注ぐ真昼の海水浴場といった濃い色彩より、石造りの家屋が立ち並ぶ漁港の早朝で、上空を燕が飛んでいる、といった淡く静かな明るさを感じます。

 さて、この演奏は、実は他の演奏にはほとんどない、ある一つの特徴があります。
 これは、「クラシック音楽のエッセールーム・プラス」さんのエッセーでも取り上げられているもので、第2楽章のメロディーについてです。
 第2楽章で中心となるメロディーは「ソーーレーラソーーー」(in Des)という、一度聞いたら忘れられないぐらい優雅なメロディーで、このメロディーはいろいろな楽器で演奏されるのですが、音の動き方はほとんど違いません。
 ところが、冒頭、フルートによって演奏される時は、「ソーーレーラソーーー」ではなく、「ソーーレー『ミ』ソーーー」と演奏されます。
 つまり、最初の一回目だけ3番目の音が低いのです。
 ほとんどの指揮者が、楽譜通りに3番目の音を低く演奏しているのに対して、インバルはフルート以外のメロディーと同じように「ソーーレー『ラ』ソーーー」と高く吹かせています。
 これは非常に珍しく、わたしの知っている限り、インバル以外で同じように変えているのはメンゲルベルクだけです。
 まあ、メンゲルベルクはともかく、インバルといえば、思い出してみるとブルックナーの交響曲を初版で録音して、世間の初版に対する関心を大いに高めたこともあります。
 この変更も、単なる思い付きではなく、もしかしたら何らかの裏づけに基づいて行なっているのかもしれません。
 こうなれば、インバルにチャイコフスキーのピアノ協奏曲の別の録音がないかどうか探してみなければなりませんね。(2004/3/20)


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