P.I.チャイコフスキー スラヴ行進曲

指揮アルバート・コーツ
演奏ロンドン交響楽団
録音1930年10月14日
カップリンググリンカ 歌劇「ルスランとリュドミュラ」序曲 他
発売KOCH
CD番号3-7700-2 H1


このCDを聴いた感想です。


 やたらとテンポの速い演奏です。
 演奏時間は、他の演奏がだいたい9分半から遅いものでは10分を超えたものがある中で、8分半というのは群を抜いた速さです。たしかに終盤の繰り返しを省略しているのでその分は短くなりますが、それでもせいぜい20秒程度短くなるぐらいで、他は一切カットをしていないのですから、いかに速いテンポで演奏しているか想像していただけると思います。
 特に、終盤のAllegro risoluto(繰り返しが出てくるところです)のテンポには驚かされました。
 ただでさえ速いテンポだったのに、そこからさらに一段階、明確に差をつけてテンポを上げています。
 ほとんど最終コーナーを回ってムチが入った競走馬状態で、追い立てられるように猛烈な勢いで突き進んでいきます。
 しかも、現在のロンドン響ならまだしも、当時のロンドン響はまだまだアンサンブル能力が怪しいものでしたから、途中で破綻してしまうんじゃないかとドキドキさせてくれます。
 いちおう、Allegro risolutoでテンポを上げてからはそこで固定してそれ以上は速くならなかったのでまだ良かったのですが、これで途中からさらにテンポアップしていた日にはかなり危険だったのではないかと思います。
 一方、それだけ興奮状態のAllegro risolutoの前の部分はというと、意外なほど冷静です。
 たしかにテンポは速いのですが、追い立てられるように無理にテンポを上げているような雰囲気ではなく、テープの回転数を間違えて速くしてしまったみたいに、なんだかそれなりに機能的で、メロディーも余裕を持って表情を付けています。
 もっとも、コーツの歌わせ方はゴテゴテと細部に拘るものではなく、スパッと竹を割ったような明快な歌い方なので、表情を付けているといっても大げさなものではなく、目立つのはせいぜいたまに入るポルタメントぐらいで、いたって健康的にのびのびと歌わせています。
 この終盤までの曲のほとんど占める部分では、速いテンポよりも、逆に途中で急に登場する妙に遅いテンポが目立っています。
 例えば、第161小節以降の、それまでトランペットがフォルティッシモで冒頭と同じメロディーを堂々と吹いたのに引き続いて、同じメロディーを今度は弦楽器全体で一段階強さを上げたフォルティッシシモで演奏する部分では、同じメロディーなのに、いきなりテンポが遅く変わり、雰囲気も急に重々しくなります。しかも、その9小節後のメロディーがメゾ・フォルテに落ちる部分から、また何事も無かったかのように元の速いテンポに戻るのです。
 盛り上がりの頂点ですし、重みを付けて強調したいという意図はわかりますが、ひどく唐突なテンポ変化なので、曲の流れとしてはどうにも不自然な感じがします。
 まあ、それも第187小節からのPiu mosso Allegoroのテンポに較べればまだまだ常識の範囲内でしょう。
 ここは、ティンパニーや低弦ののっしのっしと踏みしめるようなリズムに引き続いてクラリネットのメロディーが登場する部分ですが、この出だしのテンポが並外れて遅いのです。
 最初に聴いたときは、驚くよりも、もう「ああ、これは編集を間違えたんだな」と思いました。
 なにせ、ほとんど通常の半分のテンポぐらいなのですから。
 Piu mossoということは、本来はそれまでのテンポより速くなるはずなのに、逆に遅くなるというのはいったいどういうことなのでしょうか。
 しかもこれだけではありません。
 それだけ遅く始まったのにもかかわらず、3小節後にクラリネットのメロディーが登場するあたりでは、すでに常識的なテンポに戻っているのです。
 つまり、2小節間でテンポが倍になるほどの急激なテンポアップが行なわれたということです。
 遅いテンポも遅いテンポですが、そのままずっとそのテンポで先まで続けていけるとは思えず、どう収拾をつけるのかなと不思議に思っていましたが、まさかそんな強引な方法でしかもすぐにテンポを戻すというのは全く予想できず、なんだか妙に感心してしまいました。
 全体でのテンポの速さといい、途中でのびっくりするような遅いテンポや速いテンポへの変化など、ひたすらテンポが印象深かった演奏です。(2006/12/23)


サイトのTopへ戻る