P.I.チャイコフスキー 序曲「1812」

シェバーリン編曲版

指揮エフゲニー・スヴェトラーノフ
演奏ソヴィエト国立交響楽団
録音1974年
カップリングP.I.チャイコフスキー 交響曲第5番 他
「チャイコフスキー交響曲全集」の一部
発売SCRIBENDUM(Melodiya)
CD番号SC 024


このCDを聴いた感想です。


 この演奏の見所はなんと言ってもシェバーリン版を採用しているところです。
 わたしは、このCDをそれを聴くためだけに買ったと言っても過言ではないくらいです。
 ちなみにシェバーリン版とは何かといいますと……
 この「1812」という曲はナポレオンのモスクワ遠征を描いたもので、最後の方でロシアの勝利の象徴としてロシア国歌が華々しく登場するのですが、この国歌はあくまでの帝政ロシアの国歌なので、革命後のソヴィエトとしては、打倒したロシアの国歌を堂々と演奏されては、政治的にちょっと困ります。
 そこでソヴィエト政府は、作曲したチャイコフスキーはとっくの昔に亡くなっていますので、著名なソヴィエトの作曲家のシェバーリンに、ロシア国歌を別のメロディーと入れ換えるように指示しました。
 シェバーリンは、別の作曲家の作品のメロディーを持ってきて、ロシア国歌の部分と交換するという形で編曲したのです。
 これがシェバーリン版です。
 政治的な都合によって作曲者本人がとても許したとは思えない改変を行なった訳ですから当然のことながら評判は非常に悪く、実際に演奏がされたのはおそらくソヴィエト国内とその友好国ぐらいで、しかも当のソヴィエトでも、1991年にソヴィエトが崩壊したとたん、あっさり原曲版に鞍替えしてしまいました。
 いきおいシェバーリン版の演奏が録音として残ったものは非常に少なく、わたしの知っている限り、スヴェトラーノフ盤はゴロヴァーノフ盤と並んで唯ニ、いや、ゴロヴァーノフ盤にはライブ盤とスタジオ録音盤があるので、唯三の演奏なのです。
 ましてやステレオ録音ともなると、このスヴェトラーノフ盤が唯一です。
 さらに、このスヴェトラーノフ盤の入手もなかなか手間をかけさせられました。
 以前からこの演奏がシェバーリン版というのは知られていて、しかも一度たしかビクターから国内盤のCDとして発売されたことがあったのですが、それもかなり昔の話で、すぐに廃盤か廃盤同然になり、わたしが気づいた時にはほとんど入手不可能な状態でした。
だいぶ後に、ゴロヴァーノフ盤が発売され、とりあえずシェバーリン版の演奏自体は聴くことができるようになったのですが、モノラル録音でしかもライブだったので、やはり音が良いであろうと思われるスヴェトラーノフ盤を聴きたいという気持ちはまだ強く残っていました。
 ほとんど諦めかけていた頃、SCRIBENDUMから交響曲全集という形で発売され、喜び勇んで購入したのがこのCDというわけなのです。
 そもそも、政治的に変えられたという汚点を抜きにしても、シェバーリンによるこの編曲は決して上手いとは言えないと思います。
 単純にロシア国歌を他のメロディーと入れ換えただけなのでつなぎが悪く、曲が盛り上がっていざロシア国歌! というところで全然違うメロディーが登場するだけでも変なのに、戻るときも、本来ならロシア国歌があった部分を抜けると、これまた唐突にもとの原曲に戻ります。まるで編曲部分だけ異次元に飛ばされていたようなもので、不自然なことこの上ありません。
 ただ、わたし自身は、これが好きなんですよ。
 唐突に別の音楽になるところはまあまあですが、なにより、無理やり押し込められた、別の作品から取られたメロディーが好きなのです。
 むしろ原曲よりもこちらのシェバーリン版の方が好きかもしれません。
 このCDも、交響曲全集なのに真っ先に1812を聴きました。
 ……しかし、どうもわたしが期待していたような演奏とは違っていました。
 最も違和感を感じたのが、スヴェトラーノフの演奏としては意外に思われるかもしれませんが、迫力です。
 シェバーリンによって編曲されている部分は、原曲がロシア国歌だったことからも想像できるように、曲の大きな山場です。
 ところがこの演奏では、その直前までだんだん盛り上げておきながら、そこで急に一段階弱くなってしまうのです。
 もちろん弱くなったといっても、ダイナミクスで言えばf二つのフォルティッシモぐらいはあるのですが、その前までがf三つのフォルティッシシモぐらいの迫力だったため、どうしても弱く聞こえてしまいます。
 聴いていてそう感じる一番大きな原因はトランペットです。
 直前まで俺が主役だとばかりにメロディーを吹き鳴らしていたトランペットが急にメロディーから消え、トロンボーン中心の低音楽器にメロディーが移るため弱くなったように聞こえるのです。
 わたしも最初はトランペットをメロディーから外したシェバーリンの編曲に問題があるのかと思っていましたが、楽譜をよく見ると、トランペットもちゃんとメロディーを演奏するようになっています。
 たしかにゴロヴァーノフの演奏では、トランペットは堂々とメロディーを吹いており、音は悪くても、むしろこちらの演奏の方が迫力を感じました。
 さらに、ゴロヴァーノフ盤では録音が悪くて聞こえなかった大砲の音(もちろん大太鼓によるものですが)も、録音が良くなることで迫力が出るかと期待していたのですがどうも思ったほどではありませんでした。
 この部分は、原曲同様、正規のバスドラム(大太鼓)と大砲が交互に登場しますが、正規のバスドラムがやたらと強く叩いているのに較べ、大砲の方はまるで遠くの方で叩いているかのような弱い音です。まあ、バスドラムと大砲で違いを出すという点では上手くいっているのですが、これまたバスドラムが強い分だけよけい大砲の弱さが目立ち、どうにももどかしく感じました。

 とまあ、シェバーリン版の部分にはいろいろ不満を感じた演奏ですが、それ以外の部分は迫力のある良い演奏です。
 むしろ、この演奏の聴き所は、シェバーリン版以外の部分の方ではないでしょうか。
 シェバーリン版の部分では不満に感じた迫力も他の部分では申し分なく、トランペットを中心とした金管は、いかにもロシアのオーケストラらしく音が濁るのも気にせず吹き鳴らし、他ではまず不可能な野性的なパワーをこれでもかと見せ付けてくれます。
 しかも荒々しいまでのパワーがありながら、雑ではありません。
 弦楽器など、太い音がぴっちりと締まったアンサンブルで自在に動いていますし、強弱の変化などもオーケストラ全体が素早く反応しています。
 特に、ピアノの部分では、荒々しいフォルテと全く対照的で、柔らかく音色の溶け合った響きで聴かせます。
 もっとも、柔らかい中にも粘りが感じられるところが、良さでもありアクの強さでもあるのでしょうね。
 わたしは、こういうところがいかにもロシア的で好きなんですが(笑)(2005/2/27)


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