P.I.チャイコフスキー 序曲「1812」

指揮ニコライ・ゴロヴァーノフ
演奏全同盟ラジオ・テレビジョン大交響楽団
録音1948年
カップリングチャイコフスキー 交響曲第6番<悲愴>
販売boheme
CD番号CDBMR GOLO1


このCDを聴いた感想です。


 これがロシア……なんでしょうかね?
 もしこれこそ真のロシアであるならば、わたしがいままで頭にあったムラヴィンスキーのレニングラードやロジェストヴェンスキーのソヴィエト国立文化省交響楽団の演奏というのは、ほんの一部を表していたに過ぎなかったのでしょうか。
 オーケストラは決して下手ではありません。無茶苦茶上手いというわけではありませんし、一部ちょっと怪しげな部分もありますが、全体的に見るとそれなりに揃っています。
 しかし、そこから出て来る響きは想像力の限界を超えていました。
 通常では考えられないテンポ設定、それに無理やりついてくる団員たち、さらに、ぶ厚いのにベターっとした妙に平べったい響き(注:薄いのではありません。べったりしているのです)。まあ、最後は録音のせいもありますが……
 特にメロディーの歌わせ方はやらしい! の一言につきます。
 ビブラートをばりばり使っての歌わせ方は、身体がかゆくなってくるくらい感性を直撃します。

 この演奏のもう一つの見所は、ソヴィエトならではの改訂版での演奏であることです。
 この曲は、最後にロシアが勝利するところで、当時のロシア国歌が盛大に表れます。
 ところでソヴィエト連邦というのは、帝政ロシアを革命によって打ち倒し成立した国家です。
 そのため政府としては勝利のテーマとしてロシア国歌が出てくるような曲を演奏されては困るため、ロシア国歌の代わりにグリンカのオペラ「イワン・スサーニン」(だったと思います……たしか)のメロディーを拝借して来て、無理やりはめ込んでいます。
 ちなみに「スラヴ行進曲」も同様の措置を受けたそうです。
 この編曲は、本当に無理やり押し込んでいるため、本来ロシア国歌が出て来る部分で、唐突に「イワン・スサーニン」のメロディーが表れ、それが終わるとまたもや唐突にもとの曲に戻ります。
 これこそ木に竹を接いだ生きる見本といった感じで、逆に感銘を受けます。
 しかも困ったことに、この「イワン・スサーニン」のメロディーが変わりにするのがもったいないくらいいいメロディーです。
 別に情緒的に訴えるものがあるという訳ではありあませんが、堂々として、ちょっと淋しげな雰囲気のある、ロシアではなく、いかにもソヴィエト! といった感じの旋律です。
 さらに、もう一つ怖いことに、実はこの改訂版、楽譜が販売されています。
 それも日本に数冊とかいうレベルではなく大量に、しかも安く!
 Doverという知っている人はよく知っている、版権が切れた楽譜を大型スコアとして安く売っている会社から出版されています。
 輸入楽譜を扱う店であれば、置いている店は多いと思います。
 わたしも思わず買ってしまいましたが、この「1812」と「スラヴ行進曲」と「フランチェスカ・ダ・リミニ」が収録されていて3000円以下という、なかなかお得なお値段です。

 話がちょっとそれましたが、この演奏の唯一の泣き所は録音です。
 戦後すぐのライブということもあり、楽器によってははっきり聞こえないものもあります。
 その中の最たるものが大砲で、まあ、もちろん大太鼓を使っているのですが、冗談抜きに全く聞こえません。始めは改定した際に消えてしまったかと思いましたが、楽譜にもちゃんと残っていました。
 なまじ素晴らしい演奏なだけに、非常にもったいなく、ゴロヴァーノフがもう少し長生きして、せめてステレオ録音を残していてくれたらと、残念に思います。
 ちなみにこの改訂版は、さすがに他のソヴィエトの指揮者も演奏を嫌がったらしく、録音はほとんど残っていません。
 この演奏以外では、スヴェトラーノフがソヴィエト国立交響楽団を指揮して1964年頃にメロディアに録音したものがあるだけだと思います。しかも、この演奏、現在ほとんど入手不可能です。
 あ、ついでに、スヴェトラーノフはポニー・キャニオンに再録してますが、そっちは普通の版ですので間違えないようにしてくださいね。

 最後に、演奏している『全同盟ラジオ・テレビジョン大交響楽団』という団体は、早い話が『モスクワ放送交響楽団』のことです。
 なんでも、ソヴィエト時代の正式名称はこの『全同盟ラジオ・テレビジョン大交響楽団』の方らしいのですが、いかめしすぎてとてもついていけません。
 でもまあ、ソヴィエトですからこんなものかなって気もしますが(笑)(2000/10/28)