N.リムスキー=コルサコフ 「金鶏」組曲

指揮ニコライ・ゴロヴァーノフ
演奏全同盟ラジオ・テレビジョン大交響楽団
録音1950年
カップリングリムスキー=コルサコフ 交響詩「シェヘラザード」 他
発売rlecchino
CD番号ARL A25-A26


このCDを聴いた感想です。


 この「金鶏」組曲は、リムスキー=コルサコフが書いた最後の歌劇「金鶏」を作曲者本人が、組曲に再編成したものです。
 まあ、ようはコダーイの組曲「ハーリ・ヤーノシュ」や、チャイコフスキーの組曲「くるみ割り人形」みたいなものということです。(くるみ割り人形の方は元は歌劇ではなくバレエですが)

 元の歌劇の粗筋は、こちらを見て頂くとわかりますが、この組曲では、歌劇全体が4曲にまとめられています。
 第1曲「宮殿のドドン王」では、元の歌劇の第1幕が全てこの第1曲に集約されています。
 冒頭の金鶏の鳴き声を模したトランペットのファンファーレから始まり、元の歌劇でドドン王の登場するシーンの直前までは、セリフのある無しを別にすれば歌劇と組曲は全く同じ進行です。
 組曲の方は、その後第1幕の主要なメロディーを拾いながら進んでいきます。

 第2曲「戦場のドドン王」は、第2幕の前半のシェマハの女王が登場するまでにあたります。
 元の歌劇では、ドドン王の二人の息子が刺し違えて死んでいるのを発見したりするシーンで、この第2曲も不気味な雰囲気が全曲を貫いています。

 第3曲「シェマハの女王とドドン王」は、第2幕の後半でシェマハの女王のアリアに続いてドドン王が踊るシーン以降にあたります。
 最初は牧歌的ですが、曲が進むにつれてどんどん華やかになって行き、最後は凱旋のファンファーレで曲が締め括られます。

 第4曲「ドドン王の結婚と死」は、第3幕全てにあたります。
 不安感溢れる冒頭は歌劇と全く同じですし、途中大分端折っていますが、凱旋のバカ騒ぎの後、ちゃんと最後は歌劇と同じ終わり方をします。


 さて演奏の方ですが、この演奏はちょっと聞くと、とても荒っぽい演奏のように聞こえます。
 たしかにアンサンブルは若干ラフな部分もありますし、なにより金管がバリバリのロシア系の音色なので余計そう聞こえます。
 さらに、録音が今一つで音が割れ気味なところも、印象を強めるのに拍車をかけています。

 しかし、よくよく聴いてみると実は神経を細かく行き届かせた演奏であることがわかります。
 例えば、第1曲の中間部に出て来る、弦楽器のゆったりとしたピアニッシモのメロディーは、非常に柔らかく、手が触れたら壊れそうなほど繊細に響きます。
 こういったピアニッシモの柔らかさは、他の部分にも共通していて、少しテンポを抑え気味にして、ゆったりと歌わせることで、いろいろな表情の変化を持たせています。
 そのためそれぞれの曲の雰囲気はより強められ、例えば第2曲ではより不気味になっていますし、第4曲ではより不安感が高くなっています。

 その一方で、フォルテの部分は、聴く者の期待に違わぬロシアンパワーを発揮しています。
 全力でガーンと叩きつけてくる様はもうド迫力で、まるで頭を殴られたかのような強い衝撃があります。
 しかも、これをやっているのは金管だけではありません。
 木管や弦楽器も全力でぶつかってきます。弦楽器でフォルテでピチカートする部分なんかは、あまりにも勢い良く弾いているため、そのうち弦の一本や二本、誰かが引きちぎってしまうんじゃないかと心配になってくるほどです。
 そして、この迫力が最大限に発揮されるのが第4曲の凱旋パレードのシーンです。
 ただでさえ、ガンガン鳴らし立てているところに加えて、そのシーンのクライマックスでは、倒れそうなぐらいテンポを落とすことで、一音一音にタメができ、爆発的なエネルギーが産み出されています。
 金管、特にトランペットは発狂してるんじゃないだろうかと思えるほどの絶叫で、血管の二、三本切れてても不思議ではありません。もし高血圧の人だったら間違いなく倒れていますね、コレ。
 でも、実はこの部分での大きなテンポ変化は、スヴェトラーノフの歌劇の方の日本公演でも全く同じことをやっています。
 スヴェトラーノフがこの演奏を参考にしたのかもしれませんが、それよりも『単なるロシアの伝統』という理由の方が、なんだか納得できるというのはどういうことでしょうか(笑)
 ただ残念なのは録音が悪いことで、せっかくのロシアンパワーがマイクに入りきっていません。非常に残念でなりません。(2002/1/18)


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