N.リムスキー=コルサコフ 歌劇「金鶏」

指揮ディミテル・マノロフ
出演ドドン王:ニコライ・ストイロフ
シュマハの女王:エレーナ・ストヤノワ
演奏ソフィア国立歌劇場管弦楽団
録音1985年
発売CAPRICCIO
CD番号10 760/61


このCDを聴いた感想です。


 「キリククー!」
 ロシアでは鶏は「コケコッコー」ではなく上記のように刻をつくるそうです。
 この歌劇では鶏が重要な役割を担っています。

 この歌劇はあまり有名ではないと思いますので、ざっとあらすじを紹介します。

 〜プロローグ〜

 魔法使いが我々観客に口上を述べます。
 自分は長年の研究により驚くべき技を身につけた。
 死体をまるで生きているかのように動かすことができる。
 それを使って一つお芝居をお見せしよう。
 そう、若い人の教訓となる様な物語を…

 〜第1幕〜

 舞台は某北方の帝…もとい、王国…
 王様のドドン王は昔はあちこち征服してまわっていましたが、最近は歳も取ったので安楽な暮らしをしたいと考えています。
 ドドン王の最近の楽しみは二人の息子の成長を見守ることと、眠ることです。

 そんなドドン王にも悩み事がありました。
 隣の国が攻めてきそうなのです。しかも、いつ、どこからくるかわかりません。
 そこで、周りの者に対策方法を聞く事にしました。
 二人の息子が自身たっぷりに一案づつ出しますが、ろくな案ではありません。
 でも、王と周りの指揮官はそのたび毎に感心し、「まことの勇者」「偉大な賢者」などと誉め称えます。
 でも、どちらの案も軍司令官が簡単に欠点を指摘してつぶれます。
 といって、軍司令官にもいい案が有るわけでもなし、ドドン王が「間抜け共め!」と叫ぶと、全員揃って「おっしゃるとおりです。」と答える情けなさです。

 そうやって、無駄な議論を続けてると、プロローグの魔法使いが、星占い師に扮して入ってきます。
 星占い師は年をとって引退していたが、最近ドドン王がお困りときき、ひとつの贈り物を持ってきたといいます。
 その贈り物とは…… そう、「金鶏」です。
 この金鶏のすごいところは、普段は大人しくしているが、敵の国が攻めようとしていると、途端に
「キリククー! 気をつけろ!」
 と鳴いて知らせてくれるのです。
 ドドン王は大喜びで、星占い師に対して何でも望みをかなえてやるといいます。
 それに対して星占い師は、今はなにもいりませんが、その約束を文書にして残しておいて欲しいと答えます。
 それを聞いたドドン王は不思議そうな顔をして、わしの約束をなぜ疑うのか、そんな文書にしなくても、わしの言葉が法律だから大丈夫だと告げます。
 その言葉を聞いて、星占い師はその場はなにも言わずに大人しく帰っていきます。

 とりあえず、金鶏は大人しくているので、ドドン王はぐうたらな生活を送っていました。
 そこへ、「キリククー! 気をつけろ!」という声が聞こえてきました。
 そう、金鶏が騒ぎ出したのです。
 戦争の危機が迫ったのを知ったドドン王は、まず、戦費を民衆から徴収することにしました。
 そこで、ドドン王は民衆を集めて徴税に協力するよう告げます。
 「皆の者、徴税人に協力して戦費を供出するように。もし、徴税人が余計に徴収しようとしても、抗議してはならない。それも彼らの仕事なのじゃ。」
 それに民衆達も応えます。
 「決して抗議はいたしません。身も心も王様に捧げます。」

 ドドン王は、戦争にはまず二人の息子たちを先に行かせる事にしました。
 二人とも常日頃、ぜひ戦わせてくれと言っていたことを覚えていたからです。
 二人を呼んで、ドドン王は喜ばしげに先陣を任せることを伝えました。
 息子たちは喜ぶかと思いきや、予想に反して、将軍たちを先に行かせるべきだの、婚約者がいる都を離れたくないだの、ごね始めます。
 いままでの言動が口先だけだったのを知ったドドン王は、怒って無理やり戦場に行かせます。
 ただ、さすがに心配して精兵をつけることにしました。
 勇壮な出陣式が始まります。
 王も、民衆も誇らしげに見送りました。

 さて、息子たちが敵の相手をしているため、危機は去り、再びドドン王は安楽なだらけた生活を楽しんでいます。
 ところが、そこへまた「キリククー! 気をつけろ!」と金鶏の鳴き声が聞こえてきます。
 どうやら、息子たちに危機が訪れたようです。
 さすがに今度はドドン王自ら戦場に赴くことにしました。
 けれども、精兵達は息子に預けてしまったので、残っているのは老兵ばかり…
 前は勇ましかった出陣も、今回はどことなく悲しげです。
 民衆達も心配そうに叫んでいます。
 「お気をつけて! 戦場はできるだけ避けて、また元気な姿を見せてください!」
 勇壮な雰囲気の中に悲壮感を漂わせつつドドン王は戦場へと向かいました。

 〜第2幕〜

 ドドン王の一行は戦場につきました。
 暗く重苦しい感じのするいやな場所です。

 そこでドドン王は恐るべき光景を目にしました。
 愛する二人の息子がお互いに刺し違えて死んでいるのです!
 敵の計略にかかって同士討ちをするとは、ドドン王は嘆き悲しみました。
 部下たちも親愛なるドドン王の息子をこんな目にあわせた敵に対する憎しみでいっぱいです。

 その時、目の前に大きな天幕が見えてきました。
 近寄ってみると見たこともない明るい模様が描かれています。
 これこそ息子達を殺した敵の天幕に違いない。
 ドドン王は砲兵隊に天幕を撃たせました。
 すると急に天幕が消え失せ、そこには一人の美しい女性が立っていました。
 ビックリするドドン王達一行にその女性は南の国シュマハの女王と名乗りました。
 囚われの身になっていたのですが、ドドン王のおかげで自由になれたというのです。
 そして、女王は自分の故郷である南の国の美しさを歌い上げます。

 すっかり女王の魅力の虜となったドドン王は女王に求婚します。
 もし、自分と結婚してくれるなら何でも好きなものをあげよう。自分の王国の半分をあげても良い、と。
 女王は、ドドン王の二人の息子も自分に求婚して、同じように王国の半分をくれると約束したと言いました。
 そして、二人は争い、その挙句、お互いに刺し殺したというのです。
 ドドン王は言い捨てました。
 「いい気味だ」と。

 女王は、自分と結婚するには歌と踊りができなければダメだと言います。
 ドドン王は、歌なんてもう何年も歌ったこともないと嫌がります。
 女王は、歌わなければいけないと言い張ります。
 渋々ドドン王は歌いますが、詞も曲もまるでセンスがありません。
 「わたしはあなたを愛します。忘れないよう努めます。もし、忘れることがあったなら、そのときは思い出させてください。」
 女王もあきれて見ています。
 「…全然ダメね」
 の一言で終わりです。
 次は踊りの番です。
 ドドン王は兵士達の前で恥をかきたくないので、皆を下がらせて欲しいと女王にお願いします。
 しかし女王は許しません。
 しょうがなくドドン王は兵士達の前でおぼつかない足取りで踊り出します。
 しかし、その様子は良く言っても盆踊りです。
 女王は自分は軽々と踊りながら、「ほら、私の後をついてきなさい」と挑発します。
 ドドン王は必死になってついて行こうとしますが、足はもうよろけてきています。
 途中で女王は抜けてしまい、ドドン王にこう言いつけます。
 「わたしがいいと言うまで踊りつづけるのよ」
 ドドン王はもうヨロヨロしています。
 そのうえ、軍司令官も飛び入りで参加してドドン王と張り合おうとします。
 音楽はどんどん速くなる一方で、ついにドドン王は倒れてしまいます。
 でも、その甲斐あって、女王は求婚に応じてくれることになりました。

 みんな揃ってドドン王の国へ凱旋します。
 女王のお供の合唱が歌います。
 「ドドン王は強がって見せていても、実体は精気のない幽霊のよう。宝石をいっぱいつけて着飾って喜んでいるところは、そう、まるでお猿さん!」
 ドドン王はそれには気づかず、得意げに叫びます。
 「軍司令官。勝利のラッパじゃ! わしは女王を得て凱旋するのじゃ!!」
 兵士達も喜びの声をあげています。
 「万歳!」「万歳!」

 〜第3幕〜

 そのころ、王都では民衆たちが不安にかられていました。
 「戦争の報告が無いがどうしたのだろう」
 「もしかして、戦況が不利になっているのでは…」
 「しかし、金鶏は鳴いてないぞ」
 「確かに大人しくしているな」
 「でも…」
 民衆の不安をよそに、金鶏は何も無いかのように、広場をうろついています。
 そこへ、女官長がやってきました。
 戦争についての情報を真っ先に知ることができる立場です。
 民衆は口々に問い掛けます。
 「戦争はどうなったんでしょうか?」
 「先程、早馬が来られたようですが…」
 女官長は渋っていましたが、あまりにも民衆が心配するので答えました。
 「王様は、四人の王を倒して、虜になった女王を助け出されて結婚することにした。今度はその方が、我々の女王となられる」
 民衆は驚いて尋ねました。
 「えっ? では二人の息子さんはどうされるのですか?」
 女官長は威厳を持って答えました。
 「軍律に違反したため、王様が処刑なされた。お前達も言動を慎まないと処罰されますよ」
 民衆は慌てて平伏して答えます。
 「あなた様のおおせの通りに致します。決して逆らったり致しません」
 そのとき、ラッパが鳴り響きました。
 女官長はハッとして顔をあげました。
 「王様がお帰りになられた。歓迎の準備をしなければ…」
 王様の一行が城に戻ってきたのです。

 凱旋パレードが始まりました。
 戦争で捕らえた捕虜や奇妙な生き物が通って行きます。
 民衆はそれを見て驚きの声をあげます。
 「おいっ、見ろよあれ」
 「なんて奇妙な外見だ」
 「いったいどこで生まれたんだろう?」
 最後に輿にのった女王と、得意満面のドドン王が入ってきました。
 民衆は一斉に平伏して王を称えます。
 「王様、どうか長生きしてください。
  王様こそがわれらの希望
  王様無しでは生きていけない。
  もし、王様がお望みなら、我々を慰み物にして楽しんでください。
  王様に喜んでいただけるのが一番なのです。
  我々は王様のために生まれ、王様のために生活し、王様のために死んでいくのです」
 その間、王様は軍司令官と一緒になって、民衆の中に入り、民衆をバカにしたり、からかったりして楽しんでいます。
 まるで、おさわりバーにやってきた中小企業の社長のようです。
 民衆も喜んで、バカにされたり、からかわれたりしています。
 一方、女王は嫌そうに顔を背けています。

 そこへ、一人の人物が入ってきました。
 金鶏を贈ったあの星占い師です。
 星占い師はドドン王に告げます。
 わたしの望みをかなえてくれるという約束を果たしてください。
 ドドン王が何が望みかと聞くと、女王を譲って欲しいというのです。
 それをきいたドドン王を含めた全員が笑い出しました。
 その年で結婚したいもあったもんじゃないだろう。
 しかもよりによって女王を!
 女王も言い放ちます。
 「なに?あの年寄り。あつかましい人ね!」
 ドドン王も怒り出しました。
 「他の願いならかなえてやらん事もないが、そんな希望がきけるか!」
 しかし、しつこく星占い師は食い下がります。
 「あなたは、願いを何でもかなえると確かに約束しました。約束を守ってください。」
 その態度は、ドドン王の怒りに油を注ぐだけでした。
 頭に来たドドン王は、ついに手に持っていた杖で星占い師を殴りました。
 星占い師はバッタリと倒れて死んでしまいました。
 さすがに青くなったドドン王は、女王に縁起が悪かったかなとつぶやきます。
 女王は気にもとめない様子で、お祝いの場に喧嘩はつきものよ、と言い捨てます。
 ちょっとは気にしているドドン王が、女王に弦直しに口付けしようと言うと、女王は急に態度を変えて、言い放ちます。
 「イヤよ! 金鶏! あの老いぼれを突き殺しなさいっ!」
 その言葉が発せられるやいなや、それまで大人しくしていた金鶏が、急にドドン王に襲いかかります。
 「キリククー! 老いぼれの脳味噌つつき出すぞ!」
 急に辺りが真っ暗になりました。
 聞こえるのは女王の高笑いだけです。
 民衆は慌てて口々に叫びます。
 「何だ!? 何が起こったんだ!」
 「女王も金鶏も消えてしまったぞ!」
 「王様は無事か!?」
 そして、民衆はドドン王が亡くなった事を知りました。

 王様の葬儀の日です。
 悲嘆にくれた民衆が棺のまわりに集まってきます。
 「何で王様は殺されてしまったんだ」
 「あんなに良い王様だったのに…」
 「確かに怒ると我を忘れて雷のように手当たり次第にぶん殴った…」
 「無理難題を押し付けて私達を困らせることもあった…」
 「しかし、怒りが去ると、まるで太陽のように我々にやさしく接してくださった…」
 「私達のことを何でも一番に考えてくださっていた…」
 「王様無しで、これから我々は一体どうしたらいいのだろう…」
 民衆の不安な日々が始まったのです…

 〜エピローグ〜

 この歌劇を見ている我々観客の前に死んだはずの星占い師が現れます。
 そして、観客に向かって告げるのです。
 「結末が痛ましいものに終わろうとも気にしなくて大丈夫です。
  わたしと女王以外は操られていた死体なのです。
  そう、実体のないただの幽霊…」
 星占い師が去って行き、幕となります。


 ちなみにこの歌劇は帝政ロシアの末期に完成されたのですが、当時の腐敗した指導者層と、それを盲目的に信じる大衆の愚かさを痛烈に皮肉っています。
 王様のドドン王は思いやりはいくらかありますが、自分の欲求に我慢できないきまぐれな人物として描かれています。
 ヒロインのシュマハの女王にしても、美しく表情は豊かですが、ドドン王をさんざんバカにし、残酷なことも平気で口にする無慈悲な女性です。
 しかし、わたしがもっとも注目するのは名も無き民衆です。
 確かに彼らは主体性がありませんが、素朴で純粋で、自分よりも先に他人の為に行動するような人々です。
 彼らは、ドドン王がいかにだらしないことをしようが、きまぐれな行動をしようが、ドドン王を信じる心には、一点の曇りもありません。
 彼らのけなげさは、ドドン王の醜態や、シュマハの女王の冷酷さと対比されて、非常に美しく感じられます。
 まさに、「忠」を絵に描いたような姿といっていいでしょう。
 が、しかし、彼ら民衆が信じたものは何だったんでしょうか?
 能力のあるなしに関わらず、王様であるという虚像を、ただ盲目的に信じただけではないでしょうか?
 この歌劇の作者も、当時の民衆の姿に対する苛立ちを、このような形で表現したのだと思われます。
 また、リムスキー=コルサコフも民衆の部分には、力強さはありませんが素朴で美しい音楽を書いています。
 しかし、ふと振りかえって考えますと、この民衆の姿は、現代のわたしたちの姿に驚くほど良く似ています。
 確かに、わたしたちは当時の民衆のように素朴でもないし、純粋でもないし、人が好いわけでもありません。
 けれども、特に政府や宗教の教祖と限らなくても、人それぞれ、独自の基準で高い価値を置く物や人、考え等があると思います。
 周りから見ると何で?というものを、尊重する点では、劇中の民衆と全く差がないのではないでしょうか。
 さらに考えを進めると、わたしも劇を聴いている最中にたびたび感じましたが、こういった私心を捨てて何かのために尽くすという行為は非常に美しく感じられます。
 この劇の場合は崇拝する対象が対象でしたので、なんとなく変だと感じることができましたが、現実には対象を見抜く事は非常に困難です。
 一般的には素晴らしい行動、素晴らしい人物と、見られていることでも、見方が異なれば全く正反対の評価になります。
 自分が当たり前と思っていることは、実はとっても変わってることなのかもしれませんね。

 そうそう、この作品ですが、案の定、初演からすぐに演奏禁止になっています。
 まあ、しょうがないところでしょうね。

 この歌劇は日本公演のLDが出ていますので、本当はそちらを見ていただきたいのですが。 
 また、この歌劇の全曲盤のCDは、わたしが探した範囲では3種類しか見つからず、全て、入手が非常に困難です。今回紹介している演奏がまだしも一番入手しやすいと思いますが…
 ただし、この歌劇は組曲にもなっていまして、そちらの方はだいぶ入手しやすいと思います。そちらでも結構楽しめます。
 余談なんですが、実はわたし大学時代に、この歌劇「金鶏」の組曲を演奏したことがあります。で、当時は気づかなかったんですが、後年、所属していたオーケストラの記録を見ると、学生初演と書いてありまして、「へぇ」と思ったものです。(1999/12/16)

 LDが出ていると思ったのは、わたしの勘違いで、映像に関してはおそらくNHKでの放送のみで、LD等では出ていないと思います。
 誤った情報を掲載してしまい申し訳ございません。(2003/3/20)


サイトのTopへ戻る