M.ムソルグスキー 交響詩「はげ山の一夜」

リムスキー=コルサコフ 編曲

指揮ゲオルグ・ショルティ
演奏ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音1959年
カップリングチャイコフスキー 交響曲第5番 他
発売ポリグラム(LONDON)
CD番号POCL-4583(460 903-2)


このCDを聴いた感想です。


 なんというか、荒っぽく、かつ迫力のある演奏です。
 フォルテのメロディーの音色は、「壮麗」とか「整然」といった言葉とはまるっきり正反対で、音を響きで中和したりせずそのままドンと突き出したみたいに生々しく、叩きつけたりねじり込んだり押しつぶして来るかのような暴力的な破壊力を感じさせます。
 その暴れっぷりはならず者のように傍若無人で、メインのメロディーの伴奏として高音でちょこまかと動いている木管やヴァイオリンなんかは、妙に切羽詰っていて、まるで、メロディーの暴力的な圧力から逃げ惑う者の悲鳴のように聞こえてくるほどです。
 しかも、この演奏は、荒っぽいのですが、粗雑ではありません。
 黒幕が後ろで糸を引いているかのごとく、曲の最初から終りまで常に暴れっぱなしではなく、締めるべきところではちゃんと締め、一時力を抑圧しておいて、ここぞというところで手綱を放し、溜めていたパワーを一気に解放します。
 これによって、強弱のダイナミクスも、広い幅を持っています。
 もっとも、その幅は、たしかに広いのですが、拡張されているのはほとんどフォルテ側で、ピアノやピアニシモは、普通にピアノとピアニシモに聞こえますが、楽譜上のメゾ・フォルテは既にフォルテぐらい、楽譜上でフォルテと書いてあれば演奏ではフォルティッシモ、ましてや楽譜上でフォルティッシモと書いてあった日には、出てくる音はフォルティッシシモといったように、倍々ゲーム並に跳ね上がって行きます。
 さらに、この演奏、これだけ暴力的なのに「明るい」のです。
 そのため、もともとの曲のイメージである「魑魅魍魎が深夜に集まりチェルノボグを呼びだして黒ミサ」はどこかへ行ってしまい、「一夜」どころか「昼間」という雰囲気で、フォルテの破壊力を考えると、「チェルノボグどころか世界中の悪魔が大集合。そのまま真昼間から飲めや唄えの大宴会」という、ひどく豪華な面子かつ陽気な集会のように思えてきます。
 ここまで突きぬけた演奏というのはなかなか無く、わたしは大好きです。

 ちなみに、この演奏は、ショルティが珍しくベルリン・フィルを振っています。
 録音された1959年というと、常任指揮者がフルトヴェングラーからカラヤンに代わって、まだそれほど経っていません。
 この録音以降、ベルリン・フィルとは、カラヤンが死ぬまでほとんど共演しなかったようなのですが(わずかに、1979年にマーラーの「復活」を指揮しているぐらいだと思います)、この演奏を聴くと、ショルティがあまりにオーケストラのパワーを解放させるものだから、カラヤンが音を荒らされるのを嫌がって、あまり呼ばなかったんじゃないだろうかと邪推したくなってしまいます(笑)(2003/8/9)


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