M.I.グリンカ 歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲

指揮エフゲニー・ムラヴィンスキー
演奏レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
録音1965年2月21日
カップリングショスタコーヴィチ 交響曲第6番 他
発売BMGジャパン(Melodiya)
CD番号BVCX-4028


このCDを聴いた感想です。


 わたしは、この演奏を聴いていると、何故か笑いがこみ上げてきます。

「だって、とても人間技とは思えないんですから!」

 いや、実際のところ、この演奏は常識ではとても考えられないくらいぐらい音の粒がピッタリと揃っています。
 人間、常識では測れない事に出会った時……感心を通り越して、もはや笑うしかなくなってしまうのです。

 しかも、これでライブ録音というのですから信じられません。
 もはや『凄いテクニック』とか『合奏能力が高い演奏』とかそういうレベルではなく、
「君達、人間のように見えるけど、実はソヴィエトの科学力の総力を結して作られたアンドロイドなんだろ? いや、嘘を言ってはいけない。人間にそんなアンサンブルができる訳が無い。うん」
 と、言いたくなってくるほどです。

 この演奏が録音されたのは1965年ですが、それより後に「ルスランとリュドミラ」序曲を演奏する指揮者には同情を禁じえません。
 なぜなら、どんな演奏といえども、この演奏と比較されることを余儀なくされるからです。
「……たしかにこの演奏は良い演奏だ。しかし、あのムラヴィンスキーのライヴに較べると、緊張感といいアンサンブルといい一歩及ばないと感じざる得ない」という批評文が目に浮かぶようです。

 ただ、このある意味究極と言って良い演奏にも、付け入る隙が無いわけではありません。
 それは、この演奏がパワー全開であるという点です。
 たしかに爆発的なパワーという点では、この演奏を上回ることはほぼ不可能と言えるでしょう。
 しかし、パワーがあるという事は、言い換えると力押しの演奏でもあるということです。
 例えば、中間部に弦楽器等で演奏されるちょっとゆったりとしたメロディーがあります。
 もちろん、ムラヴィンスキーがこの部分を歌っていないのではありません。いや、むしろビブラートをフルに効かせて歌いに歌いまくっていると言っても良いかもしれません。
 けれども、歌うことで優美さよりも却ってパワーや迫力の方が強調されて聴こえるのです。
 もちろん、それこそがこの演奏の魅力でもあるのですが、優美さの面が切り落とされているのも事実です。
 そのため、いっそのことパワーや迫力の面に重点をおかず、メロディー等に重点を置く演奏をすることで、このムラヴィンスキーの演奏の呪縛から逃れられる事ができるのではないかと思います。

 それからもう一つ。実はこの演奏、それほど録音が良くは無いのです。
 もちろんライブ録音というハンデを考えると、1965年頃のソヴィエトの録音の中ではかなり良い方に入るでしょう。
 しかし、同じ頃の西側の録音に較べると、やはり今一つという気がします。
 特に、フォルテの部分はまだ良いのですが、ピアノの部分では細かい音符が埋没しがちになってしまいます。
 もっとも、これについてはリマスタリングで大幅にアップする可能性もありますが。

 それにしても、以前掲載した「ペトルーシュカ」と聴き比べてみますと、とても同じ団体には聴こえません。
 録音もたった4年しか変わらないのに、この合奏能力の差は一体どういうことでしょうか?
 もしかして……「ペトルーシュカ」の演奏はニセ物?(笑)(2001/10/19)


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