L.v.ベートーヴェン 交響曲第9番 ハ短調 <合唱付き>

指揮ピエール・モントゥー
出演ソプラノ:エリザベート・シュヴァルツコップ
コントラルト:レジーナ・レズニック
テナー :ジョン・ヴィッカース
バス  :デヴィッド・ワード
演奏ロンドン交響楽団
ロンドン・バッハ合唱団
録音1962年6月
販売Deutsche Grammophon(Westminster)
CD番号289 471 216-2


このCDを聴いた感想です。


 この演奏で、最もインパクトがあったのは、曲の最後の最後でした。

 この曲の終わり方というのは、みなさんもよくご存知だと思いますが、テンポがプレスティッシモになり、イケイケ状態で終りに向けて突っ走って行きます。
 当然、勢いのみで行きたいところですが、実は最後にちょっと困った事が待っています。
 プレスティッシモに入ってからは、全ての楽器が全員で演奏しているのですが、最後の5小節で急に弦楽器が小節の頭の和音しか演奏しなくなり、編成が急に薄くなります。
 さらに、金管と打楽器も、頭の一拍か和音の伸ばしの音しか演奏しておらず、六連符のメロディーを演奏するのが、木管楽器だけになってしまいます。
 この部分は、聴いていても、大抵、最後の最後でなんだか急に力が抜けるような思いがしてしまいます。
 どうやら、指揮者の方も同じように感じていたらしく、これまでに色々な工夫がありました。
 フルトヴェングラーは、有名なバイロイトの演奏でもわかる通り、どんどん加速していく事で、エネルギーを逃がさず最後まで引っ張りきっています。
 また、メンゲルベルクに至っては、最後にリタルダンドを持ち込むという誰も思いつかなかったような力技を使う事で、それこそ聴く者を『あっ!』と言わせ、音の薄さを綺麗サッパリ忘れさせました。
 さて、モントゥーはどんな方法を使ったのでしょうか。
 モントゥーは、フルトヴェングラーやメンゲルベルクのように、テンポを変化させたりはしませんでした。
 その代わりモントゥーがやった事は……最後の五小節間の木管楽器の強化でした。
 これは、録音とミキシングの要因も大きいのかもしれませんが、最後にメロディーが木管だけになった途端、まるで人数を倍に増やしたんじゃないかと思われるぐらい、音量が倍増したのです。
 その音の大きさといったら、その直前まで全弦楽器が必死になって弾いていた大音量に匹敵するほどで、最後の五小節に入って、弦楽器がいなくなっても、音量が減ったようには聞こえなかったくらいです。
 いやもう、聴いていたわたしが、思わず「なんじゃそりゃーーっっ!!」叫んでしまったほどで、あっけにとられました。
 たしかに、スコアを確認すると、最後の五小節間の前までの弦楽器のダイナミクスの指示はfが二つのフォルティッシモなのに対して、同じ部分の木管楽器のダイナミクスはf一つのフォルテに過ぎません。
 それが、最後の五小節間に入って、弦楽器が消えた途端、木管楽器のダイナミクスの指示がフォルティッシモに上がるのですから、実は、モントゥーのやった事もあながち間違いではありません。
 ただ、さすがにここまで思い切ってやった演奏というのは、聴いた事がありません。
 しかし、とにかく強く印象に残りました。
 わたしはこういう演奏、大好きです(笑)

 最後ばかり強調してしまいましたが、他の部分は、実はいい演奏です。
 モントゥーらしく、メロディーはたっぷりと歌われていて、ロンドン響の上手さも手伝い、決めるべき点は、アタックこそきつくありませんが、ちゃんとビシッと締めています。
 ハーモニーも低音を重視したどっしりとしたもので、安定感があります。
 テンポなんかも、全くと言っていいほど動かさず、一定に保ったままなのですが、音楽が生き生きとしているので、飽きてきたり疲れたりする事がありません。

 さて、この演奏ですが、もう一つ特筆したい点があります。
 最初に書いた、音量倍増の木管楽器にも影響しているのですが、録音についてです。
 とにかく、異常に分離が良いのです。
 非常に鮮明で、しかも生々しく、これで分離も良いため、まるで楽器がすぐそこにあって、音がそこから出て来るのを目の前で見ているようです。
 これは良い事尽くめ! ……と、言いたいところですが、実は必ずしもそうではありません。
 この分離の良さが曲者なのです。
 まるで、一つ一つの楽器に直接マイクをつけたみたいに、個々の楽器の音は恐ろしく鮮明なのですが、これが全然混じり合って聞こえず、バラバラに聞こえてくるのです。
 こうなってくると、逆に違和感を感じてしまいます。
 なんだか、実験室か何かにいるみたいに思えてきます。
 ただ、分離が良いお蔭で、例えば、楽器の配置が、1stヴァイオリンが左側で、2ndヴァイオリンが右側のいわゆる『対向配置』になっているのが、まるで手に取るようにわかるという楽しみもあったりします。
 それに較べると、第4楽章の声楽ソロと合唱の録音は、どうも今一つです。
 別にバランスが悪いというほどでもないのですが、オーケストラの音が鮮明すぎたせいか、何だか妙にマイクから遠いような気がします。
 力を入れて歌っている割には、こちらまで迫力が届いてこないのです。
 また、これは録音というより、編集の問題だと思いますが、音質が急に変わってしまっているところが何箇所かあります。
 音質が違うといっても、SP盤じゃないんですから甚だしく差があるという訳ではなく、変わり目の瞬間だけ気になる程度なんですが、やっぱり気分が損なわれてしまいますからね。
 レコード会社の方も、防ごうと思えば防げる問題だと思いますので、この点は何とかして欲しかったものです。(2002/5/10)


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