L.v.ベートーヴェン 交響曲第7番 イ長調

指揮アルトゥーロ・トスカニーニ
演奏NBC交響楽団
録音1951年11月9・10日
カップリングベートーヴェン 交響曲第8番
販売BMGジャパン
CD番号BVCC-9916


このCDを聴いた感想です。


「行ってはいけないところまで、とうとう行ってしまったんですね……(涙)」

 これは、この演奏を聴いたときの、わたしの第一印象です。

 トスカニーニが指揮したベートーヴェンの交響曲第7番の演奏というと、1936年にニューヨーク・フィルと録音した演奏が非常に有名です。
 この演奏は、確かに録音こそ古いというハンデがありますが、内容はそのハンデをものともしないようなバランスの取れた素晴らしい演奏です。
 音楽はしなやかで柔軟性があり、それでいて緊張感があり、リズムも鋭く決まってるという、どこにも文句がつけられないような演奏であり、この曲のトスカニーニの演奏の中で最も高く評価している人が多いというのも頷ける話です。

 では、翻ってこのNBCとの演奏はどうでしょうか?
 録音こそ優ってるものの、トータルの曲のバランスという面で見ると、ニューヨーク・フィルとの演奏には遥かに及びません。
 特にニューヨーク・フィルとの演奏には見られた柔軟性は失われ、全体的に硬くなっています。
 よく言われる話として、トスカニーニもこの頃(1950年代)になると、老人特有の硬直性を起こすようになったため、表現がやたらと硬くなってしまった、というのがあります。
 話としては十分にありえる話なのですが、わたしはこの曲に関しては、ちょっと異なる想像をしました。

 トスカニーニはニューヨーク・フィルとそれだけ素晴らしい録音を残しておきながら、なぜ15年もたってから、再度録音しようと考えたのか?
 もちろん録音技術が格段に進歩しているとか、全集をつくるためとか、そういった事情もあるでしょう。
 しかし、このNBCとの演奏を聴くにつれて、「トスカニーニが最終的に目指した第7番はこちらの方がより近いんじゃないかなぁ」と思えてきました。

 つまり、トスカニーニはこの第7番の本質は『リズム』にあると踏んだのではないか?

 そして、リズムを優先するためにそれ以外の全ての要素を切り落とし始めた……
 リズムを強調するため、バランスを捨ててまで強烈なアクセントを多用した…
 輪郭をはっきりさせるため、柔軟さを捨てて、暴力的なほどに表現を硬くした…
 音を可能な限り短く切り、表現のふくよかさを捨てた……
 …………

 そして、突き詰めた結果辿り着いたところは、もう聴衆のついてこられないところだった……
 ……彼は、とても遠い所へ行ってしまったのです。

 わたしは、この演奏に自分の理想を追い求める芸術家の姿を見たような気がします。
 それは、陶芸の名人が、出来上がった作品を見て、周りの人がいかに素晴らしいと感じても、本人が気に入らないと全て叩き壊す姿を思い起こさせます。

 そうやって、全てを切り捨てた演奏は………リズムの権化ここに極まれりといった感じです。
 曲の頭からフルパワーです。
 全力でダッシュしています。
 それは恐ろしいほどの迫力です。
 重さがあるため、まるで重戦車が列をなしてこちらに突進してくるかのような気さえしてきます。

 よくこの曲は『舞踏の聖化』と言われていますが、この演奏はそんなフットワークのいいものではありません。
 むしろ『舞踏性』よりも『武闘性』(失礼!)が強調されていると言った方が良いかもしれません。(2001/4/20)


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