L.v.ベートーヴェン 交響曲第6番 ヘ長調 <田園>

指揮ヘルマン・シェルヘン
演奏ルガノ放送管弦楽団
録音1965年3月12日
カップリングベートーヴェン 交響曲第5番 他
「ベートーヴェン交響曲全集」より
発売yamano music
CD番号YMCD1013/17


このCDを聴いた感想です。


 指揮者が演奏中に奇声を発することで有名な交響曲全集の中からの一枚です。
 聞くと、たしかにそれで有名になったのもよくわかります。  他の指揮者でも演奏中に声が聞こえる演奏はいくつかありますが、たいていはほんの一瞬口から声がもれ出てしまっただけ、あるいは少し長めに演奏者に対して指示する声なら聴衆の邪魔にならないようかすかに聞こえる程度のものがほとんどです。
 ところが、この全集でのシェルヘンは、フォルテの全合奏の中でもハッキリと聞き取れるぐらい大声を張り上げています。
 まるで聴衆がいることを忘れてリハーサルかなにかと勘違いしているのではないかと思えるほどです。
 演奏の方も、強烈なアタックや音が汚くなるほど力を入れたフォルテが何のためらいもなく登場する、整った美しさとは無縁の世界で、初めて聞いた時には、なんて常識に挑戦した演奏なんだと思いました。
 ただ、よくよく聞いてみると、最初の印象ほどには変わった演奏ではないことに気がつきました。
 表面に表れた突飛な部分が目立つためどうしてもそういう印象を受けがちですが、実は速いテンポをキープしてキレ良く進めていく、トスカニーニなどに近い系統の演奏なのです。緊張感が高く、全然田園らしいゆったりとした気分が無く、むしろ都会のど真ん中でキビキビと活動しているみたいな雰囲気など、まさにトスカニーニと同じ方向を目指しているのではないかと思えます。
 ただ、どうしても印象に残る突飛な部分は、たしかに他では到底聞けないような独自な試みです。
 上記にも書いた強烈なアタックは、叩きつけた相手を破壊するぐらいの勢いで、第4楽章の嵐のティンパニーのアタックに至っては、とても皮を張った楽器をマレットで叩いた音には聞こえません。ボワンと広がる響きが全く無く、硬い打撃音のみで、まるで皮の代わりに堅い板でも張ってそれを木の槌で渾身の力を込めてぶっ叩いたみたいな音がしています。
 さらに、一定のテンポをキープして進んではいますが、何の前触れも無く、テンポを急にしかも大きく変えることがあります。このテンポの変え方は、メンゲルベルクあたりの次第にカーブを描きながら目的のテンポへと変えていくという滑らかな、いわばアナログ的な方法ではなく、ある一定の地点まではずっと同じテンポなのにそこから急に別のテンポに変わり、そこからはまた一定に進んでいくという、デジタル的な変わり方なので、非常に唐突なのです。この点も変わった演奏という印象を強めています。
 これらそこかしこに見られる独自の解釈の中で、特筆しておきたいのが第1楽章の展開部に入って少ししてから(第150小節以降ぐらい)のバランスです。
 この部分は、ずっと単に伸ばしているグループと、三連符でリズムを刻むグループ、それに『ドッソファミッド』という下に下りてくる音型を繰り返すグループがあり、それらが担当する楽器は次々と変わりながらも、三つのグループが延々と続いて次第に盛り上がっていくところです。
 この三つのグループで、多くの演奏で最も目立っているのは三つ目の下に下りる音型を繰り返すグループで、いわばこのグループがメロディーで、他の二つのグループは伴奏として扱われます。
 ところがこの演奏では、まず三連符のグループのバランスの強いことに驚かされます。
 さらに、他の二つのグループに較べて4小節ほど遅れて登場する、音をひたすら伸ばしているだけのグループは、それ以上にバランスが強いのです。
 最初のうちは、いくらなんでもそんなバランスのわけがなく、録音する時のマイクの位置によるものだろうぐらいに考えていましたが、1stヴァイオリンと2ndヴァイオリンで担当するパートが途中で入れ替わるのにもかかわらずやっぱり伸ばしている音が強調されていたため、録音上の問題ではなくやはりシェルヘンの意図であるとわかりました。
 完全にメロディーとしての扱いで、さすがにこれには意表を突かれました。
 たしかに単に音をずっと伸ばしていて、何小節かおきに一つずつ音が上がるだけの単純な動きなのですが、しっかり歌われているとメロディーらしく聞こえてくるものです。
 まあ、考えてみれば、パッヘルベルの有名なカノンの逆みたいなものかもしれませんね。
 インパクトの強い演奏ですが、おそらくそういう効果が無かったとしても充分に聴き応えがあったと思います。(2006/2/11)


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