L.V.ベートーヴェン 「フィデリオ」序曲

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1940年4月28日
発売及び
CD番号
Music&Arts(CD-1005)
日本フォノグラム(PHILIPS)(PHCP-3084〜97)


このCDを聴いた感想です。


 ベートーヴェンの序曲で有名どころといったら、この「フィデリオ」の他では、「レオノーレ」第3番や「コリオラン」と「エグモント」といった辺りになるのでしょうが、その中で「フィデリオ」だけ、メンゲルベルクは、なぜかスタジオ録音していません。
 他の3曲はスタジオ録音していますし、それ以外に「レオノーレ」第1番や「プロメテウスの創造物」といった辺りまでスタジオで録音していて、そのほとんどはスタジオ録音しか残っていないのに、「フィデリオ」だけありません。逆にライブ録音のみです。
 たしかに、ライブ録音は「フィデリオ」と「エグモント」しかないので、序曲の演奏のライブとして貴重ともいえるのですが、「フィデリオ」は、ライブが残っていなかったら、録音自体が後世に残らないところだったのでかなり危ないところでした。
 メンゲルベルクが「フィデリオ」だけスタジオ録音を残さなかった理由は何でしょうか?
 わたしにも、さっぱりわかりません。
 まさか「レオノーレ」第3番を既に録音したから、同じ歌劇に使う音楽はもう必要無いと思ったわけでもないでしょうし、ライブ録音の方が年代的にはだいぶ後ですから、ライブ録音があるからスタジオ録音しなかったわけでもありません。
 すると考えられるのは、例えばコロンビアの録音の時に、本当は予定していたのだけど時間や予算の都合で中止になったという線ですが、「コリオラン」や「エグモント」は、コロンビアのそう長くない期間の中で、わざわざ録り直しているぐらいですから、もし予定があれば、一度も録音していない「フィデリオ」をほったらかしにしてその二曲を録り直すというのも、ちょっと酷い話なので、それも無いと思います(というか無いと思いたいです(汗))
 そうすると、後、残った可能性は、単にメンゲルベルクがこの曲を好きじゃなかったからという、もっと酷い理由になってしまうのですが、正直、これぐらいしか思いつかないんですよね。
 あ、後、録音時間という可能性もありましたか。原盤1枚では入らないし、2枚ではかなり余るという中途半端な演奏時間が嫌われたのかもしれません。
 それにしても、都合5種類もある「エグモント」に較べて、「フィデリオ」はライブ録音が1枚きりとは、扱いにひどく差があるものです(笑)

 まあ、録音についてはこれぐらいにしておいて、演奏の方に話を移しましょう。
 演奏では、ピアノからフォルテへといったクレッシェンドの効果的な使い方が印象に残りました。
 この曲は、冒頭とそのちょっと後に速いテンポが数小節登場しますが、基本的に序奏部はゆっくりなアダージョで、主部はアレグロ。最後の方にまたアダージョが登場して、最後はプレストで突っ走るという、知っている人にとってはいまさら説明するまでもない構成になっています。
 クレッシェンドは、特にアダージョの部分でうまく使われています。
 アダージョの部分は、だいたい2小節で一つの単位になっているのですが、メンゲルベルクは、最初の小節でクレッシェンドして二つ目の小節で逆にディミヌエンドしていく歌わせ方を基本にしています。
 これがいろいろな楽器によって次々と演奏される様子は、霧の中から何かが近づいて来て目の前でくっきりと形がわかり次の瞬間にはまた霧の中へモヤモヤと消えて行き、また別のものが霧の中から姿を表すといった感じで、弛緩→緊張→弛緩といった変化が常にあり、ついつい耳が引き寄せられてしまいます。
 しかも2小節単位での動きだけではなく、全体としてもアレグロに向かって少しずつクレッシェンドしていて、緊張と期待がどんどん高まっていくのがわかります。
 細かい強弱がありながら、大きく歌わせているというわけなのです。
 一方、アレグロ部分ですが、この部分でもクレッシェンドはアダージョほどではないにしても効果的に使われています。
 アレグロ部は、メロディーをあまり大きく歌わせず、むしろ短く切り、リズムとアタックを強調しています。
 この中でクレッシェンドは、リズムに横のつながりを持たせて、流れを作っています。
 アダージョでのクレッシェンドの使い方と違い、ディミヌエンドと組み合わせて使われるのではなく、何小節かかけてピアノからフォルテに持っていくと、そこから急にピアノに落として、またクレッシェンドしていきます。
 この繰り返しによって、息詰まる緊張感とホッと息をつく弛緩というメリハリが生まれ、それに弾むような調子の良さが加わっています。
 テンポとしては、序奏部はクレッシェンドとディミヌエンドはあるものの、テンポ自体に変化は無く、アレグロ部も、リズムが強調されていることもあって、メンゲルベルクにしては珍しくほとんどテンポを動かしていません。
 ただ、その中で唯一の例外が終盤のアダージョの部分です。
 ここだけは、メンゲルベルクのロマンティックな面が思いっきり前面に出ています。
 この部分は、六連符のメロディーをいくつかの楽器が順番に演奏していくのですが、ポルタメントは入れるは、小節の途中で急にテンポを遅くして一つの音だけ強調して長く歌わせたりと、それまでとは全く異なる濃い表情をつけて歌わせています。
 プレストに入る直前で、止まりそうになるぐらいテンポを引っ張った挙句、プレストに入った途端、打って変わって硬い音で猛スピードで飛ばしていくものですから、プレストが他の演奏よりもずっと速く力強く聴こえました。
 こういう対比のつけ方は、さすがに上手いというか、まあメンゲルベルクらしいですね。(2004/4/10)


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