L.v.ベートーヴェン 「エグモント」序曲

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1931年6月2日
販売及び
CD番号
Pearl(GEMM CDS 9018)
Refrain(PMCD-3)
音楽之友社(OCD 2010)
東芝EMI(TOCE-8191〜99)


このCDを聴いた感想です。


 メンゲルベルクは「エグモント」序曲の演奏を5種類残していまして(前回書いた時点と比べてウィーン・フィルとの演奏が新たに発売されたため、一種類増えました)、この演奏は丁度中間の3番目の演奏に当たりますが、スタジオ録音としては最後の演奏です。
 まあ、最後といっても1931年ですから、メンゲルベルクとしてはまだ中期の頃の演奏と言えるでしょう。

 演奏は、重量感と勢いを兼ね備えています。
 一音一音は、硬く太くて重みがある音なのですが、スピードに乗っていて、もたつきがありません。
 まるで新幹線のように、重量物が轟音をたてながら高速で移動している雰囲気で、鈍くなったりぼやけたりしている部分が無い締まった演奏です。
 また、この曲はベートーヴェンの曲である上に、しかもまだメンゲルベルクが60歳の時の演奏にもかかわらず、急激なテンポの変更や、主題の最後でのリタルダンドが随所に見られます。
 こういったテンポの伸び縮みは、後年の演奏ほど極端ではありませんが、明らかにインテンポで貫かれてはいません。
 また、僅かですがポルタメントを入れている部分もあり、これもベートーヴェンの曲にしては珍しい方でしょう。
 これは、1926年の最初の録音においても、程度の差は別としても同じ傾向があり、若い頃からポルタメントやテンポの変更を行なっていたという点でも珍しい曲です。

 さらに、この演奏のもう一つの大きな特徴として、メロディーによって雰囲気をガラリと変えているという点があります。
 悲劇性の強い序曲ということもあり、基本的な雰囲気は、上記にも書いたとおり、重い物体が高速でぶっ飛んで行くようなイメージなのですが、途中で出てくる弦楽器によって力強く長調の和音が演奏される部分では、それまでのスピード感がある雰囲気とは異なり、テンポを落として、音を短く切りながらも一音一音に十分な重みをつけ、それまで以上に重量感たっぷりに演奏しています。
 さらにその直後に出て来る木管のピアノのメロディーは、可能な限り柔らかく演奏することで重さを極端に減らし、直前の重量感とは対照的に急に無重力になりフワッと空中に浮遊しているかのような印象を受けます。

 録音に関してでは、一般的には少しぐらい古い録音でもスタジオ録音であれば、大体においてその後のライブ録音よりは音が良いですが、ただこの曲の場合は、この録音と後年のライブ録音との間であまりにも年数が経ちすぎていました。
 ウィーン・フィルとのライブよりは、まだこの録音の方が音が良いと思いますが、最後の録音である1943年のコンセルトヘボウ管とのライブ録音と較べると、いくらライブとはいえ1943年のライブの方が鮮明に聴こえます。
 それでも、スタジオ録音の中でも最後の録音ですし、1930年代に入ってからの録音ですので、最上…とまではいかくなくてなかなか良い録音でしょう。

 CDによる違いでは、とにかく雑音を減らして聴き易くするのか、それとも雑音がたくさん残っていても迫力の方が優先するかで、大きく2種類に分けられます。
 この演奏のCDでは、Pearlと東芝EMIのCDが雑音を減らす方で、Refrainと音楽之友社のCDが迫力を優先した復刻になっています。

 ところで、上記の4枚のCDの中で、音楽之友社のCDは、実は「あらえびす名曲決定盤」というシリーズの中の一枚です。
「あらえびす」というのは、皆さんもご存知とは思いますが、「野村胡堂」という名で「銭形平次」を書いた事で知られる、20世紀前半を中心に活躍した小説家です。(1882〜1963)
 この人が昭和14年にレコード鑑賞の手引きとして書いたのが「名曲決定盤」という本で、戦前の音楽評論本の傑作といわれています。(中公文庫 あ-27-1・2)
 ちなみに、この演奏も、メンゲルベルクの項の文中で、同じベートーヴェンのレオノーレ序曲第1番・第3番と共に「メンゲルベルク以上のを私はあまり知らない」と評されています。
 ただ、時代が時代ですので、戦中以降に名が売れた演奏家は入っていませんし、今では誰も知らないような演奏家が入っていたりもしますが、演奏についての表現等において、後世に強く影響を与えています。
 わたしもこの本を愛読しており、特に昔の演奏家について調べるときには重宝しています。
 そういう本を書くだけあって、このあらえびすという人は、レコード収集家でもあり、当時一枚あたりの単価が結構高かったであろうSPレコードを一万枚以上も所有していました。
 それらは死後、生地の岩手県紫波町に建設された「野村胡堂・あらえびす記念館」に保管されていたのですが、先日、音楽之友社がその中の何枚かをピックアップして、CD化しました。それがこのシリーズなのです。
 このシリーズは全部で10枚あるのですが、その中に収録されたメンゲルベルクの演奏は、この「エグモント」序曲のただ一曲だけでした。
 しかし、たった一曲だけですが、わたしはこの演奏はメンゲルベルクの雰囲気を十分に伝える演奏であり、いい選択だと思います(2001/10/26)