L.バラダ 鋼鉄交響曲

指揮ロリン・マゼール
演奏ピッツバーグ交響楽団
録音1986年3月18日
カップリングW.シューマン 交響曲第7番
販売New World Records
CD番号NW 348-2


このCDを聴いた感想です。


 今回(2003/6/14)は、特に深い理由があるわけではありませんが、単なる気まぐれにより、鉄工場物をニ連発でお送りしたいと思います。
 鉄工場というと、今回採り上げたもう一方の曲である、モソロフの「鉄工場」が有名ですが、モソロフの鉄工場が、1920年代のソヴィエトの鉄工場をテーマにしているの対して、この鋼鉄交響曲は、同じ鉄工場がテーマながら、1960〜70年代のアメリカはピッツバーグの鉄工場であり、時代、場所、それに加えて属する陣営まで大きく異なっています。
 しかし、この2曲は、方向性は驚くほど良く似ていて、それでいて明らかな違いがあります。
 この2曲の良く似た点、それはどちらの曲も工業の象徴である工場を音にしているところです。
 鉄工場をテーマにしているのだから、当たり前と言えば当たり前なのですが、例えば、オネゲルの「パシフィック231」や「ラグビー」のように、物が動いている様子をそのまま音で描写しているのです。
 この2曲の場合、鉄工場ですから、中心となるのは工場の中で規則正しく延々と動き続ける機械達です。
 音楽の方もそれに合わせて、同じ動きを延々と繰り返すパターンが多く、しかも工業なので無機的な色合いが濃いため、いわゆる現代音楽と呼ばれるタイプの音楽になってくるわけです。
 しかし、ここでモソロフの鉄工場とバラダのこの鋼鉄交響曲との違いが出てきます。
 この差は、地域による差ではなく、年代による差なのでしょう。
 モソロフの鉄工場の方が、いくら現代音楽っぽいといっても、メロディーがあり、和音にも調性が残っているの対して、鉄鋼交響曲の方は、メロディーも和音も既にほとんど失われています。
 音楽を構成する三要素の最後の一つであるリズムだけは、まだ辛うじて残っている方ですが、それこそ機械のように単純なリズムが繰り返されるだけで、しかも、それさえも曲の半分以上では失われています。
 後に残ったのは、ほとんどデタラメとも思えるような、バラバラに表れてはバラバラに消えていく音達。
 当然、決まったテンポなんてありません。
 音自体も、まさしく密集音階(トーン・クラスター)で、そのグシャーとすり潰したような鈍い音は、伝統的な調性からは遥かに遠く隔たっています。
 もちろん、特殊奏法や特殊楽器も目白押しで、特殊奏法では、グリッサンドや弦楽器の弓の背の木の部分で弦を叩くコル・レーニョは言うに及ばず、ピチカートをした時に下の板に当たるほど強く弦をはじくバルトーク・ピチカート、管楽器では巻き舌のタンギングであるフラッター・タンギングまで登場します。特殊楽器では、特に打楽器は48種類という膨大な数の楽器を使い、中にはサイレンや自動車のブレーキドラムやゴミ箱のフタ、あげくは大きな木材の塊という、どこにどう使ってあるのか想像すらし難いものまで含まれています。

 聴いた印象としては、ひたすら無機的な灰色の世界です。
 そして、機械は休み無く激しく動き続けているのですが、そこには人間の姿が感じられません。
 完全オートメーションの誰もいない工場で、機械だけが黙々と動いていて、鋼鉄を生産し続けているかのようです。
 曲の無機的なところが、鉄鋼とは、他の自然にかかわるような農業とかとは違う、まさしく冷たいほどに人工的な「工業」の産物であるということを、鋭く描き出しています。
 さらに、部分的になかなか面白いと思ったのは、曲の中程に出てくる、まるで遠くの鐘の音のように聞こえる、ホルン等の長く伸ばしている音で、それまでは、工場の中でも目の前の機械だけがクローズアップされていたかのようにごく狭い範囲しか感じられなかったのが、このちょっとした伸ばしの音によって、急に空間に広がりが生まれ、工場がとても大きなものだということが、なんとなく想像できるようになっています。
 また、もう一つ面白い点が、この曲の始まり方です。
 ライブ録音でもないのに、Aの音のチューニング(音合わせ)から始まっています。
 実はこれ、たしかに曲の前に行なうチューニングではあるのですが、これも作曲者の指示で、チューニングをしている最中から密かに曲が始められます。
 そして、チューニングが終った時には、既に曲の中に入っています。
 これは、なんでも、365日24時間常に動き続けている機械を表すため、曲に、明確な始まりと明確の終りを持たせたくなかったためだそうで(何だかJ.シュトラウスの常動曲を思いだします)、たしかに曲の終りも、いつの間にか抜けるように消えていきます。

 この曲はピッツバーグの鉄工場をテーマに書かれた曲ですが、作曲者のレオナルド・バラダは、生粋のアメリカ生まれというわけではなく、実は1933年にスペインのバルセロナで生まれ、1956年にアメリカに移住してきた作曲家です。
 しかも、この曲のような前衛バリバリの曲ばかり書いていたのではなく、どちらかというと、各地に残る民謡に興味があり、わたしは残念ながら聴いた事は無いのですが、むしろそういう民謡をテーマにした曲の方が中心のようです。
 ただ、だからといって、この鋼鉄交響曲が突然変異的に生まれたのではありません。
 他の土地の民謡と同じように、ピッツバーグでは地元に根差した音が工場の工業的な響きであり、それを集めてその印象を音楽にしたという点では、この曲も、民謡の延長線みたいなものと強引に言えなくも無いでしょう(笑)(2003/6/14)