J.S.バッハ マタイ受難曲

指揮ルドルフ・マウエルスベルガー
(エアハルト・マウエルスベルガー)
出演エヴァンゲリスト:ペーター・シュライアー
イエス:テオ・アダム
ソプラノ:アデーレ・シュトルテ
アルト:アンネリース・ブルマイスター
テナー:ハンス=ヨアヒム・ロッチュ
バス:ギュンター・ライブ
ペテロ:ジークフリート・フォーゲル
ユダ:ヨハンネス・キュンツェル
ピラト:ヘルマン・クリスチャン・ポルスター
演奏ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
ドレスデン十字架合唱団
ライプツィヒ聖トーマス合唱団
録音1970年1・2月
発売BERLIN Classics(edel)
CD番号0021442BC


このCDを聴いた感想です。


 指揮のマウエルスベルガーは、わたしはこの演奏を聴くまで全く知らなかったのですが、バッハゆかりのライプツィヒ聖トーマス教会ドレスデンの聖十字架合唱団でカントル(総監督)を長年努めており、合唱指揮者として弟のエアハルトと共によく知られた指揮者なのだそうです。 ※ ライプツィヒ聖トーマス合唱団は誤りで、ドレスデン聖十字架合唱団のカントルが正しい役職です。読者の方のご指摘により初めて間違いに気がつきました。ありがとうございます。ちなみにライプツィヒ聖トーマス合唱団は、弟のエアハルトの方ですね。(2007/2/6修正)
 さらに、エヴァンゲリスト(福音史家)はペーター・シュライアー、イエスはテオ・アダムと、考えてみればなんとも豪華なメンバーによる演奏です。
 長年の伝統と最高の技術との融合といったところでしょうか。
 いや、融合というよりも、それぞれの持ち味を個別に生かした演奏という方が合っているかもしれません。わたしはそういう印象を受けました。
 語りのレチタティーヴォの部分と、アリア、合唱とでは大きく傾向が違います。
 レチタティーヴォは、まさに登場する人物になりきったかのような感情を強く表に出した歌い方です。福音史家であれば、まさに目の前でおきている状況を説明するように、イエスであれば、弟子や祭司長にどういう気持ちで語りかけているかが、ありありと伝わってきます。臨場感が高く、起伏の激しいドラマチックな音楽です。
 そういう音楽をシュライアーを始めとしたソリストが、実力を余すところなく発揮して歌いこんでいるのですから、表現の幅も広く、より迫真に迫ってきこえるわけです。
 レチタティーヴォがリアルな感覚で、出来事が目の前で起きているかのように表現されているのとは対照的に、合唱やアリアは、伝統が積み重なりの上に築き上げられた音楽という感じがします。
 目の前の出来事ではなく、まさに約2000年前の過去を、遥か未来の現在から伝説として語っているような、穏やかで落ち着いた音楽です。
 全ては終わったこととして、感情はそれほど表に出さず、どんな罪も許し受け入れたような優しさと美しさを常に保っています。
 その美しさも、決して、美しさを追求して一筋の乱れも許さないような息の詰まる厳しいものではなく、もっと大きな響きで多少の誤差も取り込んでしまえる柔らかく安らかな美しさです。
 余計なものを切り捨てるのではなく、逆に余計なものがあっても気にならないぐらい大きく包み込もうとしているようです。
 例えば、第1部終盤の、イエスが捕縛された後の『月も星も嘆き悲しんで、稲妻よ雷よ!』と、怒りに叫ぶ合唱(第33曲)でも、後半の3拍子の激しい音楽ですら、激しさよりも、預言のためには避けられないことだと言うかのような、悲しく穏やかな雰囲気が感じられます。
 レチタティーヴォのドラマチックな音楽により聴く者の感情が強く揺れ動き、それが合唱やアリアによって穏やかに癒されるという、なかなか絶妙なバランスではないでしょうか。
 この演奏が、有名なリヒターやクレンペラーの演奏と並んで多くの支持を得ているというのもたしかに納得できました。(2006/1/27)(2007/2/6修正)


サイトのTopへ戻る