J.S.バッハ 2台のチェンバロのための協奏曲 第1番 ハ短調

指揮・ピアノエドゥアルト・ヴァン・ベイヌム
ピアノヨハンネス・デン・ヘルトグ(Johannes den Hertog)
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1939年12月11日
カップリングシューベルト 歌曲「岩上の羊飼」 他
「Eduard van Beinum Concertgebouw Orchestra LIVE The Radio Recordings」の一部
発売Q DISC
CD番号97015


このCDを聴いた感想です。


 珍しく、ヴァン・ベイヌムがピアノを弾いた録音です。
 もっとも、指揮者がピアノを弾ける事自体はそれほど珍しいわけではありません。
 現代でも、アシュケナージやバレンボイムのように、もともとはピアニストとして有名で、後に指揮者に転向したり、転向した後でも弾いているような例があります。
 昔の指揮者の中にも、もともとチェリストだったトスカニーニは別としても、フルトヴェングラーやワルターは、協奏曲のソロや器楽曲の伴奏だったかの録音が残っていた覚えがありますし、メンゲルベルクも録音こそ残っていませんがピアニストとしてもなかなかの腕前で、コンセルトヘボウ管と初めて共演したのも、指揮者としてではなくリストのピアノ協奏曲のソリストとしてだったはずです。(もっとも、その演奏会は初代の常任指揮者であったウィレム・ケスが辞任する際の告別演奏会で、その場でメンゲルベルクが後任の常任指揮者になることが発表されたそうですが)
 ヴァン・ベイヌムも、指揮者になる前はピアニストとしてそれなりに知られた存在だったらしいのですが、指揮者になってからはほとんど指揮の方に専念していましたし、それより前となるとレコード録音がまだそんなに普及していない時代という事もあって、おそらくピアノを演奏した録音は他にはほとんど残っていないのではないかと思います。
 ちなみに、共演しているDen Hertog(おそらくデン・ヘルトグと読むのでしょう)も、どうやらコンセルトヘボウ管の指揮者の一人らしいのですが、それ以上詳しい情報はわかりませんでした。
 ヴァン・ベイヌムとデン・ヘルトグのどちらが第1ソロでどちらソロが第2ソロかは、明記してないためわかりません。しかし、どちらのも音色等にそれほど大きく違いがあるわけではないので、あまり気になりませんでした。
 まあ、録音がそれほど良くないので、違いが見えにくいというのもありますが。
 両方のソロをひっくるめての印象になりますが、これも録音による影響もあってか、ずいぶん明るいイメージを受けました。
 この明るさは、輝くようなギラギラした明るさではありません。
 光よりも白、しかもオフホワイトに近い淡白な明るさで、裏に色々と感情が無いため浅い、しかしそれ故に逆に子供のように純粋で穢れの無い白さで、さらにほのかに暖かさも感じられます。
 欲や感情は表に出ていないけれど、だからといって無理に抑えつけたように厳格で禁欲的でもなく、あくまでも自然で、圧倒するような迫力の代わりに、親しげな柔らかさがあります。
 その一方でバックの伴奏には陰がうかがえます。
 もちろん、ヴァン・ベイヌムらしくストレートな演奏なので、ゴチャゴチャと小細工したりせず、テンポは一定を保ち、せいぜい楽章の最後でゆったりさせるぐらいしかテンポ変化はさせていません。
 ほぼ同時期の演奏であるシューベルトの「ロザムンデ」にはメンゲルベルクの影響が大きく出ているのに較べ、この演奏では、メンゲルベルクのバッハの演奏とはかなり趣が異なり、戦後のヴァン・ベイヌムのバッハのスタイルとほぼ同じで、スッキリとしたキレの良い演奏です。
 しかし、オーケストラはまだメンゲルベルク時代のコンセルトヘボウ管です。
 たしかにスッキリとしてはいるのですが、後年ほどの明朗さは無く、暗さと重さがどっしりと横たわっています。
 冬の曇り空みたいにくすんでいて、音楽が長調になっても、手放しで明るくなったりせず、重石がついたように重厚で、陰影が音色に残っています。
 ただ、この暗さは、ちょうど良い事に明るいソロといい対照になっていて、伴奏に暗さがある分、明るいソロが引き立って聞こえるという利点にもなっています。(2003/8/23)


 追記

 付属のリーフレットを改めて読み直したところ、ヴァン・ベイヌムは、指揮者になって以降も、完全にピアノを止めてしまったわけではなく、この曲のようなバロックの曲では、しばしばピアノを弾きながら指揮をしたそうです。
 また、この曲のソロは、第1がヴァン・ベイヌムで、第2がデン・ヘルトグと明記してありました。
 また、デン・ヘルトグは、1938年までコンセルトヘボウ管の常勤のピアニストで、コンセルトヘボウ管の第1ハーピストと結婚し、1938年以降は、それまで第2指揮者だったヴァン・ベイヌムがメンゲルベルクと並ぶ第1指揮者となった後を継いで第2指揮者となり、1941年9月までその地位についていたとの事です。(2003/9/6)


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