J.シュトラウスII ワルツ「美しく青きドナウ」

指揮フェリックス・ワインガルトナー
演奏ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団
録音1927年1月28・29日
カップリングヴェルディ 歌劇「椿姫」第1幕への前奏曲 他
「あらえびすSP名曲決定盤 管弦楽曲」の一部
発売音楽之友社
CD番号OCD 2010


このCDを聴いた感想です。


 指揮のワインガルトナーはウィーン・フィルの常任指揮者を務めていたこともありウィンナ・ワルツと縁の深い指揮者です。務めていたのが1908〜1927年ですから、この録音時もまだ常任指揮者だったのではないでしょうか。
 しかし、演奏の方は、それほどウィーンの訛りを前面に出したものではありません。
 これが、同じようにウィーンと縁が深いクレメンス・クラウスが戦後にウィーン・フィルと録音した演奏では、ウィーンならではの伝統ってものがあるんだ、とばかりに江戸っ子のべらんめえ口調並にその土地に長いこと住んでいないと出せないようなローカル色が濃厚に表れていたのに対して、ワインガルトナーの演奏は、ほとんど共通語に近く、現代のウィーン・フィルからさらに国際化が推し進んだ未来形を見ているようです。
 まあ、そういう演奏である大きな理由は、ワインガルトナーがというより、オーケストラがウィーン・フィルでなくイギリスのロイヤル・フィルだからという点の方が大きいのかもしれません。
 このロイヤル・フィルは、現代のロイヤル・フィルと名称の由来は同じですが、直接の繋がりは無い全くの別団体です。
 もともとのロイヤル・フィルは、1813年に設立された長い歴史を誇るイギリスの名門オーケストラだったのですが、1930年代辺りでいつのまにか消滅してしまいました。ちなみにこの時期、BBC響やロンドン・フィルなど新たにできた団体も多いのですが、その陰でいつのまにか解散だか消滅してしまった団体も多く、クィーンズ・ホール管やロイヤル・アルバート管などもロイヤル・フィルと同時期に消えています。おそらくその旧団体のメンバーの多くが新団体に移ったため、自然に消滅する結果となってしまったのではないでしょうかね。いや、単なる推論ですが。
 で、ロイヤル・フィルはこの時点で名前だけになってしまったのです。
 後の1946年にビーチャムがその名前を借りて設立した新団体が現在のロイヤル・フィルです。
 つまり、このワインガルトナーが指揮しているのは、いわば旧ロイヤル・フィルというべき団体で、しかも消滅間際というなかなか危ない時期の録音だったりするわけです。
 この旧ロイヤル・フィルは、伝統はウィーン・フィルとも勝るとも劣りませんが、なにしろウィーンではなくロンドンのオーケストラなのですから、やはりウィーン風というわけにはいかないのでしょう。ワルツでも2拍目を前に出して3拍目を心持ちに後ろに引っ張ったりはせず、ほぼ3拍子は正確に3等分、テンポもほぼ一定のテンポで進めています。
 ワルツは日本語では『円舞曲』と訳されるぐらい円運動が基本の踊りですが、この演奏はスパッスパッと直線的です。実際の舞踏会での踊りのような柔らかさやフワッとした余韻はほとんどなく、清々しいまでに機能的です。
 オーケストラも、消滅寸前にしてはしっかりしており、細かい部分では多少不安定とはいえ、聴いていて気になるほどではありませんでした。
 全体を通じてほぼスマートに進めているのですが、なぜか途中一箇所だけ突然変異のように傾向がまるで違う部分があります。
 総譜が手元に無いので推定ですがたぶん第4ワルツだと思います。第1ワルツの有名なメロディーと同じように下から上昇していくのですが、八分音符と倍の細かい動きでもっと高音まで上がるメロディーで、曲中最も派手な部分の一つ前です。
 この柔らかいメロディーだけは、それまでのキビキビした動きと打って変わって重くネットリと弾かせています。さらに、3小節目と5小節目の四分音符で上に上がる部分ではテンポを急に落とし、おまけに次の小節に入るところで、一瞬空白まで入れています。
 他と全く違うため、良くも悪くも全体から浮いており、違和感があるといえばありますが、ワインガルトナーがここだけは他と音楽が全く異なる特殊な部分と考えているのがわかりますし、なにより聴いていて面白くて興味深いのは確かです。

 録音状態は、基になったSPレコードがあまり針を通したことの無いようだったと解説に書かれるだけあって年代にしては鮮明で聴きやすいものです。
 ただ、この『あらえびすSP名曲決定盤』シリーズの特徴で、SPレコードで二枚以上にわたる曲の場合(「美しく青きドナウ」も二枚で一曲です)、通常のCDなら間を分からないようにつなぐところを、完全に一回切って、空白を空けて、改めて次の面(曲の続き)に入っています。
 つまり、曲が途中でブチッとちょん切れているわけで、おそらく、SPレコードをかけた時の、一面聴いてひっくり返して次の一面という動作の再現なのでしょう。
 たしかに、いくら古い録音をよく聴くわたしのような者にとっても、CDではわからないようにつないであるため(まあ、なかには違う面に移った瞬間が丸分かりのものも無いではないですが)、曲の途中で切れるというのはたいへん違和感を感じるわけですが、他のCD全てならともかく、こういう特殊な企画物のCDぐらいは、そういう趣向があっても、それはそれで味があるのではないかと思います。(2005/7/30)


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