J.ブラームス ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

指揮シャルル・ミュンシュ
独奏ヴァイオリン:オシー・レナルディ
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1948年6月27日
カップリングブラームス 交響曲第2番
発売Dutton
CD番号CDEA 5024


このCDを聴いた感想です。


 この演奏が録音された1948年というのは、戦争が終わってメンゲルベルクが去ってからまだ3年目。
 この演奏には、まだメンゲルベルクの匂いがそこかしこに感じられます。

 もし、指揮者がヴァン・ベイヌムであれば、かなり雰囲気は違ったのでしょうが、客演したミュンシュの意思なのか、ヴァン・ベイヌムのサラサラとした音色ではなく、暗めの粘っこい音色です。
 また歌い方も、ミュンシュの他の演奏によくあらわれているような、情熱的でありながら乾いた明るい雰囲気という感じもあまりしません。
 もっと粘り気があり、ジワジワ内側で燃えているような感じで、緊張感はありながらも全体的にじっくりと歌っています。
 この雰囲気は、強烈なポルタメントこそ無いものの、メンゲルベルクにそっくりで、初めて聴いた時は、「現代に蘇ったメンゲルベルクかっ!」と思ったものです。(40年代後半を現代と言い切るのは、だいぶ無理があるような気もしますが、まあ、気にしないでください(笑))
 さらに、細かいテンポの変化も、メンゲルベルクほど極端ではないにしても、同じ場所でやっている点も近く感じる理由の一つです。
 もっとも、これはもともとメンゲルベルク時代に楽譜に書き込まれた変更を参考にしているのかもしれません。

 ソロ・ヴァイオリンは、録音のせいもあるのでしょうが、陰のあるなんとなく不健康そうな音色です。
 それがまた妙に豊潤なものですから、ほとんど麻薬のような怪しげな魅力が感じられます。
 さらに、これがよく歌っているのです。
 28歳と年齢的に若いためなのか、ここぞという部分以外は、テンポにはあまり変更を加えず、直線的に進めているのですが、軽いポルタメントの多用と、ここ一番での微妙なテンポの揺らしで、メロディーに妖艶と言えるほどの表情を与えています。

 このソリストであるオシー・レナルディは、今では全く聞かれない名前ですが、その最大の理由は、彼が若死にしたことです。
 1920年4月26日に生まれて1953年12月3日に亡くなっていますから、たった33歳です。
 しかも病死ではなく、車による交通事故死だったのです。
 たしかに若くして事故死したソリストの中にも、ジネット・ヌヴーや同じく交通事故死したホルンのデニス・ブレインのように名前が残っている人も多いのですが、長生きしたソリストには、歳を取るに従って円熟していった人も多くいます。
 レナルディも、この時点でこれだけのソロを聞かせてくれるのですから、もっと長生きしていたら、さらに素晴らしい演奏をしたかもしれないと思うと、とても残念です。
 ところで、ほぼ同年代に事故死した音楽家の中に、指揮者のグィド・カンテルリがいます。
 彼は、死んだのは1956年であり、車ではなく飛行機事故死でしたが、生まれはレナルディと同じ1920年でした。
 しかも、生まれた日は4月27日!
 そう、実は正真正銘、レナルディが生まれた次の日なのです。
 単なる偶然とはいえ、『できすぎ』という感じなのですが、結局両者とも事故死していることを考えると、『なんだかなぁ』という気分になってしまうのが悲しいところです。

 ついでに録音は、Deccaの録音が良かったのか、それともDuttonの復刻が良かったのか、かなり鮮明に聞こえます。
 このCDに限らずDuttonの復刻は、響きを後から付け加えて音に奥行きを持たせています。
 わたしは、この手の復刻方法が大好きなのですが、このCDはいくらなんでも響きが多すぎます。
 ちょっと、効果の付けすぎでしょう。
 響き好きのわたしでさえそう感じるのですから、他の人にとっては我慢できないくらいかもしれません。(2001/6/29)


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