J.ブラームス 交響曲第1番 ハ短調

指揮クレメンス・クラウス
演奏ブレーメン・フィルハーモニー管弦楽団
録音1952年3月13日
カップリングモーツァルト 交響曲第41番<ジュピター>
発売TAHRA
CD番号TAH 455


このCDを聴いた感想です。


 速めのテンポで飛ばしていく演奏です。
 メロディーを歌わせるよりも、音のキレを重視しています。
 第1楽章の序奏や第2楽章といった遅いテンポの部分ではそれほどではないのですが、第1楽章の呈示部といった速いテンポの指定の部分に入った途端、ゼロヨン競争のごとく、急加速します。
 その加速はかなり唐突で、ほとんどオーケストラを強引に引っ張っているのですが、その分、クラウスのやりたい事はよく伝わってきます。
 序奏は序奏で呈示部からは全く新しい音楽である、呈示部に入ったらまずはテンポを確立してキレの良い音楽を立ち上げる、という意図がはっきりとわかります。
 もっとも、それ以上に伝わってくるのは、「オレはこういう音楽がやりたい。だからみんな俺についてこい!」という強い意志の力ですが(笑)
 また、速いテンポの部分は、ただ速めにテンポを保って真っ直ぐ前に進んでいるだけではなく、フレーズの最後で急にテンポに急ブレーキをかけて劇的な効果を狙ったりもしています。
 実は、オーケストラの方が急激な変化に乗り遅れがちで、不自然さの方が目立ってしまい、効果という点ではどうも今一つのような気もするのですが、少なくとも、クラウスの望んでいる音楽のまた別の一面が見え、なかなか興味深いところです。
 しかし、もっとも面白かったのが、第4楽章の、あのベートーヴェンの第9番の有名なメロディーに激似と噂の絶えない、呈示部のメロディーです。
 このメロディーが弦楽器で演奏されるのは、呈示部の頭と中ほどの2回ですが、最初に登場する時は、第1楽章の呈示部の時と同じように、急に速いテンポで、メロディーを歌わせることよりも音のキレを強調して、元気良く前へ進んでいきます。
 ところが、二回目に登場する時は、テンポを急に落とし、メロディーを情感たっぷりに思いっきり歌わせています。
 テンポといい歌わせ方といいまるで正反対で、全く別の音楽に聞こえるほどです。
 特に二回目の方は、そのメロディーの部分以外は前も後も速いテンポでキレの良い音楽であるだけに、その部分だけ異質なのですが、あまりの変貌ぶりに、逆にインパクトがありました。

 ところで、クラウスとはあまり関係ないのですが、この演奏で、いろいろな意味で印象に残ったのが第3楽章の冒頭です。
 この部分は、みなさんもよくご存知のとおり、冒頭から10小節間はクラリネットだけがメロディーを演奏していて、半ばソロみたいなものといってよいでしょう。
 そのクラリネットが、非常に情緒たっぷり歌われているのです。
 伴奏のテンポの少し後を追うような形で微妙にテンポを動かしつつ、甘えるような柔らかい歌い方です。
 聴いていて、「おおっ! これは凄いぞ!」と思っていたのですが……6小節目で急になくなってしまいます。
 柔らかくなくなったとか、そういうのではありません。クラリネット自体がいなくなってしまうのです。
 つまり、早い話が、曲から落ちてしまったというわけです。
 一応、8小節目ぐらいから何とか復帰するものの、6・7小節目辺りは、伴奏だけで、メロディーが全く無くなっています。
 一発録りのライブならでは出来事なんですが、普通のスタジオ録音だったら、まず間違いなく録り直しになるぐらいの大きなミスです。
 こういうミスは、もちろんプロとして恥かしいミスでしょうが、個人的には、このクラリネット奏者が間違えるに至った心境は良く分かるような気がします。
 この冒頭のメロディーは、たしかにクラリネットのソロみたいなものとはいえ、テンポはゆっくりですし、リズムも単純、音も全く難しくありません。おそらくこの奏者も、今まで間違えたことなんてなかったでしょう。
 で、この日は、有名なクラウスが振るという事で、いつも以上に張り切っていたと思います。
 そのため、第2楽章のソロからして伴奏のテンポから遅れ気味になるほど歌っていますし、この第3楽章の冒頭のメロディーも、これ以上は無いというほど念入りにたっぷりと歌わせました。
 実際、最初の5小節間は非常に上手くいっています。
 しかし、その5小節間のワンフレーズが終って、音を伸ばしている時に、ふと「よし、上手くいったぞ」と思ったのではないでしょうか。
 簡単なメロディーですし、前半の5小節と同じ調子で行けば、後半も造作ないと思ったはずです。
 しかし、ここに落とし穴がありました。
 たぶん、伸ばしている最中に、「よし!」と思ったため、その瞬間にテンポを見失ってしまったのです。
 そのため、次のフレーズに入ることができず、落ちてしまったのでしょう。
 まあ、野球のピッチャーが、勝ち試合なのに9回に入ったとたん、投げ急いでテンポを崩すのと近いものがあるのではないかと思います。
 プロの演奏家とアマチュアの演奏家を一緒にしてはいけないのですが、わたしも同じ経験があります。
 ソロか何かを演奏していて、「上手くいった!」と余計なことを考えたために、次に入り損ねてしまうのです。
 これ、演奏している方の心境としてはむちゃくちゃ悲惨です。
「落ちた!」とわかった瞬間、さっきまでの「上手くいった」という意識はあっという間に吹っ飛び、「とにかく入らなきゃ」と思うのですが、気が動転してテンポに乗れず、入る機会を逃している間に、曲はどんどん先へ進んでしまう。普段なら間違えたこともない簡単なメロディーなのに、焦っているからとんでもない音を出してしまう。指揮者がこちらを睨んでいるのが見なくても雰囲気でわかり、顔面は蒼白になり、背中を冷や汗がダラダラと際限なく流れていくという、まあ、悪夢のような状況です。
 このクラリネット奏者には本当に同情します
 もっとも、わたしが勝手に推測しているだけなので、本当にそういう心境なのかどうかはわかりません。
 ソロがテンポを微妙に崩しつつ歌っていたのも、単にテンポに乗り切れていなかっただけで、そこで慌てて落ちてしまっただけかもしれませんし。
 個人的には、歌い過ぎて落ちてしまった方が面白いのでそっちの説を採ってみました(笑)(2004/4/24)


サイトのTopへ戻る