指揮 | ウィレム・メンゲルベルク |
演奏 | アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
録音 | 1930年5月31日 |
発売及び CD番号 | Pearl(GEMM CDS 9018) 東芝EMI(TOCE-8191〜99) NAXOS(8.110164) |
この録音は、交響曲第1番の全4楽章の中の、第3楽章しかありません。 他の楽章は、別に録音に失敗したとかそういう訳ではなく、初めから第3楽章しか録音していないのです。 現在ではほとんど見られなくなりましたが、この当時は、録音時間に大きな制約があったこともあり、交響曲の中の一つの楽章だけをピックアップして録音することもそう珍しい事ではなかったのです。 ところでブラームスの第1番という曲は、わりとドラマティックな曲なのですが、その中で、第3楽章だけはあまり起伏がありません。 どちらかというと、第2楽章と第4楽章を繋ぐ間奏曲のような性格が強い曲で、強く自己主張するような曲ではありません。 そのため、そういう曲を単独で取り出しても、あまり面白くなるようには思えないところですが、メンゲルベルクは、全楽章の起伏をこの曲に集中させたかのように、様々な表情をつけ、意外なほどドラマティックな性格を引き出しています。 ![]() 出だしは、メンゲルベルクにしては珍しくアッサリした淡白な雰囲気で始まります。 メロディーはたしかに歌っているのですが、浸りこむような陶酔した歌い方ではなく、むしろ薄く柔らかく、テンポもほぼ一定に保ち、穏やかな表情を見せています。 部分的には45小節目のクラリネットのメロディー(楽譜(1)を参照)から、少し緊迫した山があるのですが、またすぐに、もとの穏やかな雰囲気に戻ります。 ところが、これが大きく変わってくるのが71小節目で転調した辺りからです。 この部分のメロディーの最初の三つの音は、楽譜上ではスラーで繋がれているのですが(楽譜(2)の赤丸で囲んだスラー)、メンゲルベルクはこれを取り払い、むしろスタッカート気味で演奏することで緊張感を急速に高め、一気に音楽を盛り上げます。 ![]() この頂点を過ぎた後、音楽はまた元の調に戻り、雰囲気も楽章の冒頭に近くなる筈なのですが、メンゲルベルクは同じ雰囲気では演奏していません。 この部分の音楽は、メロディーや和音は楽章の頭とほとんど一緒なのですが、ヴァイオリンの奏でる、ちょっと物憂げな新しい旋律が加わります。(楽譜(3)の赤丸で囲んだ旋律) メンゲルベルクはこの旋律を、最初の方の歌い方とは打って変わって、ポルタメントを入れて濃密に歌い込みます。 それに対して、冒頭と同じパターンのメロディーは歌い方をほとんど変えていないのですが、新たな歌いこんだメロディーが入ることで、全体の雰囲気までも、最初の淡白な感じから大きく変わり、心に染み入る、深く哀愁を帯びたものになります。 さらに、その雰囲気は、終盤、テンポが遅くなるにつれどんどん強まって行き、最後のゆったりとしたpiu tranquiloに至った時には、まるで残照のような寂しさが残ります。 あたかも、滅びの美学を実践したような美しさがわたしには感じられました。(2002/4/26) ![]() |