J.ブラームス ハイドンの主題による変奏曲

指揮エルネスト・アンセルメ
演奏スイス・ロマンド管弦楽団
録音1963年2月
カップリングブラームス 交響曲第1番 他
「ブラームス交響曲全集」の一部
発売Universal Music(DECCA)
CD番号480 0448


このCDを聴いた感想です。


 サラサラと滑るように横に流れていきます。
 ブラームスなどのドイツ系の曲を演奏する時は、たいていの場合、小節の頭や各拍などの音をしっかりと発音して区切りを作ることで流れを引き締めます。頭を硬く入れることでキレも出て、リズム感も生まれてきます。
 ところがアンセルメは区切りの感覚が非常に薄いのです。
 川の流れのように、歯止めが利かず際限なくどんどん流れてゆくのです。
 例えば、冒頭のオーボエによるテーマの歌い方から明らかに違いが表れています。
 冒頭の八分音符と十六分音符の短い動きの後、第2、3小節で、四分音符でファ(Es)ミ(D)レ(C)ド(B)と、音階で下がっていきます。他の指揮者の演奏では、音が下がる時に、音が変わったことを明確にするように、頭をつけて念を押すようにしっかりと発音しています。実はこの部分は、楽譜にはテヌートと指定があるので、各音はしっかりと長さを保つ必要があります。ただ、次の音のギリギリまで長さを保っていても、次の音に変わる時は必ず頭を入れますし、演奏によっては頭を強調するために、テヌートどころかむしろ音の途中から抜き気味にしているものまであります。
 ところが、アンセルメの場合は、ほとんど音の変わり目を強調していません。他の演奏が階段を一歩一歩踏みしめながら降りて行くようなものに対して、アンセルメの場合はエスカレーターのように、力を全く入れずにスルスルと降りていきます。かなりレガートに近い歌い方です。
 わたしは、今までそんなところを意識して聴いた事など一回もありませんでした。それが聴いた瞬間に「これは違う」と感じるぐらい明らかに異質なのです。
 全体的なテンポはそれほど速いわけではなく、演奏時間も17分弱ですから、ほぼ平均的です。しかし、聴いているとやたらと速く感じます。速く感じる理由を考えてみると、一つは、ポイントなる点でのタメが全く無いので、スルスルと前に進んでいるように感じるところ、もう一つが、一部の曲がやたらと速い点だと思います。
 タメが全く無いというのは、終曲の第9変奏でよくわかります。終曲は最初は穏やかに始まって、変奏を重ねながら次第に盛り上がり、最後に大きなクライマックスを迎えます。フルトヴェングラー辺りだと、そのクライマックスを最大限に盛り上げるためにテンポを大きく落としますし、あまりテンポを動かさないトスカニーニヴァン・ベイヌム辺りにしても、テンポこそ落とさないものの、音や響きは重くなり、いかにもクライマックスという感じを出しています。
 一方、アンセルメはというと、これが楽しいぐらいサクサクと進んでいくのです。決して盛り上がらないわけではありません。響きは広がり、音の頭にアクセントも付いています。しかし、何と言うか「熱く」ないのです。白熱灯に対するLEDのようで、カラッとスッキリとしています。ただ、念のために付け加えますが、わたしにとってそれは欠点ではありません。コテコテの油絵に較べて水墨画がスッキリしているからといって劣っているわけではないのと同様に、サラッとしたまま最後まで貫き通したことによる爽快感というのはこの演奏だからこそだと思います。サラサラとした流れも、スイス・ロマンド管ならではの響きの薄さがあってこそですし、自らの持つ特性を十分に把握して、それを最大限に生かした演奏です。
 ちなみに、一部のやたらテンポが速い曲というのは、ホルンの華やかな動きでも最も人気が高いと思われる第6変奏です。これなんかは、テンポが速すぎて、本来なら最も目立つタラタタというリズムやメロディーなどが全てとんでしまい、逆に二分音符や四分音符の長い音はアクセントが強めに付いてやたらと表に出ています。後半部分などは、テンポが速いために長い音符が次々とつながってメロディーのようになり、今まで聴いた事が無いような音楽になっています。この変奏はヴァン・ベイヌムのタラタタが一本の太い線となって貫いて行く演奏にも驚かされましたが、長い音符を組み合わせて音楽を作る表現方法もあるんだとこちらにも驚かされました。(2011/12/24)


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