J.ブラームス ハイドンの主題による変奏曲

指揮パブロ・カザルス
演奏ロンドン交響楽団
録音1928年1月
カップリングヴィヴァルディ 合奏協奏曲第11番よりラルゴ 他
「CASALS: BOW AND BATON」の一部
発売Pearl(HMV)
CD番号GEMM CD 9128


このCDを聴いた感想です。


 カザルスといえば、指揮者というよりもむしろチェロ奏者として名前が知られています。しかし、わたしは、チェロ奏者としてのカザルスは、有名なバッハの無伴奏チェロ組曲などいくつか聴いたことはありますが、室内楽に疎いこともあり、あまり多くは聴いていません。そこで、まあとりあえず指揮の方からでも聴いてみようかと思い、この演奏を聴いてみました。
 カザルスの、チェロ奏者ではなく指揮者としての演奏について、一応、噂はある程度小耳に挟んではいましたが、実際に聴いて、なるほど、納得しました。
 たしかに驚くべきテンポです。
 速いテンポの変奏が非常にゆっくりになっています。
 冒頭のテーマ(主題)は、もともとアンダンテなので、取り立てて遅いという印象は受けなかったのですが、第1変奏に入った辺りからかなり雲行きが怪しくなってきます。
 テンポ指定は、アニマートなのに前に進んで行こうとする動きがあまり見えてきません。むしろ後ろに引張り気味です。強弱の変化は大きいので、テンポは遅めでもスケールを大きくすることで動きとしたいのかなとも思っていました。
 しかし、その次の第2変奏に入ると、さすがにあっけにとられました。
 指定はヴィヴァーチェなのに、どう聴いても快活には聞こえません。逆に力で地面に押し付けたように重く、引きずるような音楽になっています。
 次の第3変奏は、指定はコン・モートですが、前の第2変奏が激しいため、多くの演奏ではここで雰囲気が多少ゆったりとして落ち着きます。
 これがまたカザルスの演奏は逆なのです。
 それまで速いテンポ指定を思いっきり遅くしていたのと反対に、落ち着くどころか、どんどん前に進んでいきます。前に流れることで、メロディーが大きく歌われ、たしかにしっかりと動きが付いているといえばついています。でも、オーケストラの方は、その動きにどうもちゃんと付いていけてないみたいなのですが……
 例えば、この変奏の後半には、オーボエの良く目立つけどちょっと上下に大きく動くソロがあるのですが、明らかにテンポに乗り切れていません。必死について行こうとして、今度は前に走りすぎたりと、なんとも心もとないソロになっています。
 その次の第4変奏は、第6、7変奏と、終曲と並んで、最も真っ当な演奏です。
 もともとテンポが遅いアンダンテなので、ゆっくりとしていても違和感がありません。さらに、低音の刻むようなリズムに重厚感があり、上に乗っかる高弦や管楽器のメロディーが、じっくりとよく歌われています。今までの妙なテンポは何だったのだろうかと思えてくるほどまともに聞こえます。
 しかし、そのまともさも次の第5変奏に入るとあっさり吹っ飛びます。
 テンポの遅さという点では、終曲の一つ前の第8変奏が有名らしいのですが、わたしは、むしろこの第5変奏が最もとんでもないと思います。
 たしかに第8変奏のテンポ指定はプレスト・ノン・トロッポで、第5変奏はヴィヴァーチェですから、テンポ自体は第8変奏の方が速い指定のように見えますが、第8変奏はウネウネとした音楽ですから、テンポが速くてもその速さがあまり表に出てきません。しかし、第5変奏は、スタッカートで細かく刻んで行くため、いかにも速く、まさに指定どおり「快活」という感じがします。
 この第5変奏を、本当にゆっくりゆっくり演奏しています。
 多くの演奏では、演奏時間がおおむね50秒から1分くらい。1分を超えるのはかなり遅めの部類に入ります。それが、カザルスの演奏では、1分19秒。他の演奏の1.5倍ぐらいかかっているわけです。聴いているとその差はもっと大きく、歯切れ良くカッカッカッと刻むどころか、一つ一つの音を田植えのように丁寧に置いていっています。あまりにもスローモーションで、もうメロディーが何だったかもわからなくなってきます。唯一の救いは、スタッカート自体は保っていることで、これがスタッカートでなかったら、重くて重くてとても聴いていられたなかったでしょう。
 次の、第6変奏と第7変奏は、いたってまともです。
 第6変奏は、ヴィヴァーチェといいつつ、もともとそれほど速いテンポではないため、遅いテンポでもあまり違和感なく、重く激しいところは曲に良く合っています。
 第7変奏も、他の指揮者の演奏よりテンポが多少速めとはいえ、リズムがしっかりしている点が、6/8拍子に上手く合っています。さらに、メロディーは相変わらず良く歌っているため、他の演奏よりも、ずっと聴き応えがあるくらいです。
 第8変奏は、噂に違わぬ遅さです。
 わたし自身は、第5変奏のインパクトの方が強かったものの、やっぱりその遅さにはめまいがしてきます。
 他の演奏では、音楽はウネウネと徘徊しているものの、テンポが速いため、音楽全体はサーッと前に滑るように進んでいきます。ところが、カザルスの演奏はテンポが遅すぎて、一向に流れていきません。遅いため、一つ一つの動きが手に取るように見えるという良さはあるものの、なんかこうジリジリとして来て、どうも精神衛生上良くありません。
 終曲は、打って変わってテンポ良く進んでいきます。
 まるで、それまでの常識外のテンポを全て水に流して綺麗サッパリ無かった事にするかのように安定しています。
 テンポは中庸だし、最後に向けての盛り上がりも十分です。
 曲が終わった瞬間は、力が入った良い演奏だったな、と思わせるような素晴らしい終わり方で、非常に満足と一瞬思ったものの、いやまて、そこに至るまでの過程はかなり変じゃなかったかと、改めて思い直しました。
 振り返って考えると、やはり何といっても妙なテンポにつきます。ただ、あまりにも変すぎてインパクトは十分です。少なくとも印象が薄れることはないでしょう。それだけでも聴いて損は無い演奏です。
 また、途中でも何回か書きましたが、基本的に良く歌っていて、特にメロディーのスケール大きさは、良くない録音を通してでも分かるくらい、広がりのある雄大なものです。
 考えてみると、太く雄大な歌い方というのは、チェロの演奏に共通する点でもあり、カザルスにとって、指揮もチェロも方向性に大きな違いはないのかもしれません。
 変わってはいるものの、なかなか面白く、意外と聴き応えもあります。今はまだ聴いた演奏が少ないので、もっといろいろと聴いていってみたいと思います。(2009/12/26)


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