J.ブラームス ドイツ・レクイエム

指揮ウィレム・メンゲルベルク
独唱ソプラノ:ジョー・ヴィンセント
バリトン:マックス・クロース
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
アムステルダム・トーンクンスト合唱団
録音1940年11月7日
発売及び
CD番号
日本フォノグラム(PHILIPS)(PHCP-3084〜97)
UNIVERSAL(PHILIPS Dutch Masters Vol.60)(468 099-2)
ARCHIPEL(ARPCD 0193)


このCDを聴いた感想です。


 レクイエムとは死者を追悼するための音楽ですが、メンゲルベルクの演奏は追悼というには少しドラマチックすぎるかもしれません。
 表情は濃く、表現力を限界まで駆使して歌っており、心静かに死者を悼むのではなく、亡骸の前に倒れ伏し号泣しているというイメージの方が近いのではないでしょうか。
 ただこの演奏に関しても、むしろそれで正解だと思います。
 もちろんメンゲルベルクがドラマチックな演奏が得意だからというのもありますが、それ以上に録音がそういう演奏向きなのです。
 その録音の状態ですが、正直言ってそれほど良くはありません。
 雑音はあまり多くはありませんが、合唱まで入る大きな編成で、しかもライブ録音のため、どうしても全体を一まとめで録るしかなく、細部はほとんど聴き取ることができません。
 特に合唱は条件が悪く、各パートを聞き分けるなどセルやショルティ並の耳もってしても無理ではないかと思えるほどで、せいぜいフォルテになった時になんとなく歌詞がわかる……かもしれない程度です。
 ただ、細かいところまでわからない代わりに、全体としてのまとまった雰囲気は良く伝わってきます。
 緊張感高く盛り上げていったりとか、一転して明るく安らかになったりとか、ここはこういう雰囲気なんだということを演奏者全体が強く訴えかけてくるようで、例えば第2楽章なんかは、前半と後半の緊張感の強い部分と、中間の安らかな部分で、雰囲気が大きく変わります。もちろんメンゲルベルク以外の他の指揮者でも雰囲気は変えていますが、メンゲルベルクは、前半が辛い現実で中間が儚い幻といった哀しさ、そして最後に現実での希望というイメージが目に浮かぶかのようにリアルに感じられました。
 こういう全体の雰囲気で聞かせる録音なので、静かに悼んでいても微妙なニュアンスが伝わりにくくどうしても山も谷も無い単調な演奏に聞こえてしまいかねないのですが、この演奏のように表情を強くつけたドラマチックな演奏だと、場面場面の表情の違いがハッキリしている分、多少録音が悪くても雰囲気はそれなりに伝わってくるのです。
 それでも静かな部分はどうしてもモワモワとして埋もれがちですが、フォルテの部分はそれを補って余りあるぐらい力強く、さらに重さが加わることで巨大な迫力を生み出しています。
 ところで、全体で一まとめの録音の中で、実は、あるパートだけは鮮明に録音されています。
 それはソプラノとバリトンの二人のソリストです。
 おそらくソリストだけは別にマイクを立てたんでしょう。細かいニュアンスまで完璧にわかるぐらい鮮明な録音です。
 ではそのソリストはどういう歌いっぷりかというと、これがまた全体に輪をかけてドラマチックです。
 楽譜の枠からは思いっきり飛び出ていて、テンポの伸び縮みは当たり前、アクセントを妙に強調したりと、表情が濃いことこの上ありません。ほとんどオペラのアリア並ですね。
 ただ、メンゲルベルクの演奏では歌手が表情を付けまくって歌うのはよくあるので、歌手本人の意志というより、メンゲルベルクの指示によるものでしょう。
 とりあえずレクイエムから連想されるようなストイックな歌い方を想像していると、おそらくクラクラと眩暈がしてくること間違いないと思います。
 もっとも、そういう王道の演奏を好まれる方はソロが出てくる以前の部分で聴くのを止めてしまう可能性の方が高いのではないでしょうか。メンゲルベルクらしく力の入った演奏なのですが、それがそのままアクの強さに直結しているため、どうしても聴く人を選んでしまうと思います。(2005/3/5)


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