H.プフィツナー チェロ協奏曲第1番 ト長調

指揮ウィレム・メンゲルベルク
独奏チェロ:ガスパール・カサド
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1940年12月12日
発売及び
CD番号
キング(KICC 2062)


このCDを聴いた感想です。


 チェロ協奏曲ですからチェロのソロが最も出番が多いのは当り前とわかっていながらも、なおかつその多さに驚きました。
 たしかに、ブラームスのピアノ協奏曲第1番のように本当に協奏曲かどうか不安になってくるぐらい5分近くソロが登場しない曲は例外としても、古典派以降の曲であれば、同じメロディをソロとソロ抜きのオーケストラのみとの2回繰り返したりと、ソロが休みでバックのオーケストラのみ演奏しているという部分がそこそこあるものです。(わたしが知っている範囲内でのことですが)
 ところが、この曲ではチェロのソロはほぼ弾きっぱなし。ソロが休みでオーケストラだけになっている部分は1割も無いのではないでしょうか。
 聴いていると、なんだかチェロ・ソナタにピアノではなくオーケストラの伴奏がついたものかと思えてきます。
 しかも、これだけチェロが出ずっぱりなのにもかかわらず、そのソロにはスーパー・テクニックを誇示するような派手な動きというのはほとんど出てきません。いや、もしかしたら聴く人が聴けば「これは難しい!」とわかる超絶技巧なのかもしれませんが、少なくともいかにもなものではありません。
 では代わりに情感に訴えかけるような痛切なメロディーとか、明るく堂々とした朗々たるメロディーの連続かといえば、そうでもありません。
 しみじみとした雰囲気はあるものの、メロディーの一つ一つは短く分けられていて、良くも悪くも一発で記憶に残るようなインパクトの強い部分は無く、どちらかというと地味な印象を受けます。
 ただ、地味ながらもこのしみじみとした雰囲気は良く、暁を思わせるかのような静けさの中に、ほんのりと明るさがにじみ出ている響きなどは、この曲の大きな魅力だと思います。
 一方、伴奏もソロパートに輪をかけて地味に徹しています。
 そう目立つ方ではないソロを邪魔しないように、和音で支えたり対旋律をちょこちょことつけたりする程度で、同時に登場する楽器もそう多くありません。
 しかし、そのオーケストラ全体での編成はというと、これが実はかなりの大編成のようなのです。
 さきほど、曲の9割以上にチェロ・ソロが登場すると書きましたが、その残りの1割弱のオーケストラだけの部分では、響きは急に分厚くなり、激しい動きもあちこちに登場します。
 総譜が無いので耳で聴き取れた限りですが、金管もトランペットからトロンボーンやチューバに至るまでフルに揃い、おまけにハープまで加わっているようです。
 チェロ・ソロが登場する部分よりよほど派手で、個人的には、ソロよりも1割に満たないオーケストラ部分の方が真っ先に印象付けられました。
 考えてみれば、ソロ・パートが地味に聞こえた一因は、この派手はオーケストラ部分とのギャップのためかもしれません。
 ちなみに、曲の長さは全曲で14〜17分程度のわりに短めの曲で、形式上は三つの楽章に分かれていますが全て切れ目無く通して演奏されます。(全体で一つの単一楽章の曲という考え方もあります)

 この演奏でソロを弾いているガスパール・カサドは、この曲の被献呈者で、おそらく1935年の初演もカサド本人でしょう。
 初演から5年後の録音(ライブ)ということになりますが、もう10年以上もレパートリーであったかのように堂々と弾いています。
 割とメロディー重視のようで、ちょっとした動きでも抑揚をつけて表情豊かに聞かせています。
 一方、伴奏のメンゲルベルクは、堂々さという点ではソロのカサドに勝るとも劣らず、しかも割と硬めのハッキリとした音で演奏しています。
 そのため、繊細な雰囲気は少し失われてしまいましたが、より動きがダイナミックになることで聴いたときのインパクトは強まり、初演からまだ5年のライブとしてはむしろこれぐらいの方が良かったのではないかと思います。(2005/1/22)


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