H.ベルリオーズ 「妖精の踊り」「ラコッツィ行進曲」(劇的物語「ファウストの劫罰」より)

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1926年5月
発売及び
CD番号
Pearl(GEMM CDS 9018)
EMI(CDH 7 69956 2)
東芝EMI(TOCE-8191〜99)


このCDを聴いた感想です。


 この演奏は、メンゲルベルクが残した「ファウストの劫罰」からの抜粋の3種類の録音(+1種類の映像)の中で、最初の録音に当たります。
 後年の録音では「鬼火のメヌエット」を含めた3曲がセットですが、この録音には含まれておらず、「妖精の踊り」と「ラコッツィ行進曲」の2曲だけとなっています。
 また、映像として残っている「ラコッツィ行進曲」のみの録音(1931年)を別にすれば、他の二つの録音は、スタジオ、ライブ共に1940年代の録音で、1920年代半ばのこの録音とは、15年以上もの開きがあります。
 しかし、演奏のスタイルは、それだけの年代の差を感じさせないぐらい、ほとんど変わりがありません。
 もともとテンポ変化が少ない曲ということもありますが、メロディーの歌わせ方やポルタメントをかけているところなどはほぼ一緒で、この古い録音の方がいくらかは粘りが薄くすっきりしているとはいえ、全体的な雰囲気は良く似ています。
 それよりも大きく差を感じるのは録音状態と楽器間のバランスです。
 まあ、楽器間のバランスも、古い録音なので録音状態に影響されていると考えれば、結局は録音状態に全て集約されるのかもしれません。
 例えば、「妖精の踊り」は、楽器も少なく全篇ピアノ(弱音)なので、録音のハンデによる差は比較的少ないのですが、それでも後年の録音に較べて雑音は楽音を圧倒する勢いで入っていますし、音もそれほど鮮明ではなく、カーテンを一枚、客席とステージの間に隔てているかのように、靄がかかっています。
 ただ、これは怪我の功名といえるのかもしれませんが、録音が悪く靄がかかっているみたいにぼやけているところが、まるで全体的にミュート(弱音器)を着けて演奏しているみたいで、かえって幻想的な雰囲気をかもし出しています。
 バランスの方では、曲の最初から最後までずーっと同じ音を延々と伸ばしつづけているチェロとコントラバスが、妙に大きな音で演奏されています。
 この伸ばしの音が強調されていると、曲に一本太い筋が通り、安定感が感じられるという点では良いのですが、裏返して考えると、同じ音を伸ばしているだけなので変化が無く単調で、なにより安定感がある事が逆に幻想的な浮遊感を著しく損ねていて、ちょっとどうかな、とも思います。
 「ラコッツィ行進曲」は、当時の録音にしてはまだ頑張っている方でしょう。
 雑音が多いとはいえ、そこそこ鮮明に聞こえます(もちろん、後年の録音よりは劣りますが)。
 さらに、曲の最後にかけての猛烈なテンポアップは後年の録音以上で、ゴール寸前の競馬を見ているかのように、手に汗握り興奮してきます。
 ただ、この演奏は金管に難があります。
 特に最初の方の、たまに合の手のごとくちょこっと入るだけの出番なのですが、音の出だしが全て遅れ気味で、拍の頭から一瞬遅れて音が出ています。
 ところが、曲が先に進んで、それまで一定だったテンポが速くなってくると、なぜか逆にちゃんとテンポに乗って拍の頭から音が出るようになります。なぜでしょうね?(笑)
 さらにもう一点、映像で残っている録音を含めて、後年の3種類の録音とこの録音とでは、繰り返しに大きな違いがあります。
 この曲は楽譜に繰り返しが多い曲で、全部で4箇所もあるのですが、後年の録音では全ての繰り返しを楽譜通り行なっています。
 しかし、この最も古い録音では、最初の繰り返ししか行なっていなくて、残りの三つは繰り返さずそのまま通しています。
 この差はもちろん演奏時間にも表れていて、他の演奏がだいたい4分15秒なのに対して、この演奏は3分11秒しかかかっていません。
 最初の録音のみ繰り返していない理由としては、真っ先に思い浮かぶのが録音技術上の問題で、20年代なのでまだ長時間録音できなかったので、繰り返しを止めて演奏時間を短縮した……と最初は思ったのですが、少し納得できない点があります。
 もし全部繰り返して演奏していれば、その演奏時間は、後年の録音のように4分15秒程度になると予想できますが、ほぼ一年後の録音であるワーグナーのローエングリンの前奏曲の演奏時間が8分30秒で、これが原盤2枚に入っています。であれば、4分15秒かかっても1枚で収まる筈であり、無理に繰り返しを止める必要は無いでしょう。
 とすると、他に考えられる理由としては、やはりメンゲルベルク自身の考え方が変わり、繰り返しをするようになったという事でしょうか。
 まあ、意外とその一年の技術力の差が大きくて、1927年ではもう大丈夫でも1926年では4分15秒は一枚に収まらなかっただけなのかもしれませんが(笑)(2003/6/21)


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