R.ロッシーニ 歌劇「セビリアの理髪師」序曲

指揮ジャンルイジ・ジェルメッティ
演奏シュトゥットガルト放送交響楽団
録音1991年7月1〜5日
カップリングロッシーニ 歌劇「絹のはしご」 他
発売EMI
CD番号CDC 7 54396 2


このCDを聴いた感想です。


 いろいろ魅力が多い演奏なのですが、その中でも三点、特に印象に残った部分がありました。
 まず一つ目がホルンのソロです。
 ホルンには、序奏のゆっくりとした部分と、テンポが速くなってからもう一つ、合計二つの大きなソロがあります。
 序奏部のソロは、テンポがゆっくりとしている割には動きの激しいソロで、速い動きでかなりのアップダウンがあるのですが、軽々と動いているのはもちろんのこと、一つ一つの音を良く響かせています。山の頂きから谷に向かって吹いているみたいに、決して重くは無いのですが深く響いています。いわゆる抜けの良い音ですね。
 テンポが速くなってからのソロは、オーボエの有名な明るいメロディーのソロをその直後にそのままなぞっていきます。ここは、ちょっとビブラートを利かせながらも、大きく歌わせています。直前のオーボエのソロが真っ直ぐ歌わせて少し素朴な感じがするのに対して、ホルンの方は、表情を細かく変化させてちょっと技巧的な感じがしますが、歌い方が大きいのと、ここの響きも深く良く抜けているため嫌味には聞こえません。むしろころころと変わる表情がとても楽しそうです。
 ホルンの深く抜けた響きは、全体にもほぼ共通していて、それに明るさと軽さを加わります。これが二つ目の印象的な部分である、全体の響きです。
 いかにもロッシーニらしい明るく軽い響きで、動きも生き生きとしています。
 この響きは、明るいといっても、原色で塗つぶしたような濃く派手な明るさではなく、ちょっと淡く透明感のある明るさです。どこまでも軽く柔らかく、フォルテになっても決して硬くなったり力で押したりはしません。
 ドイツらしい深みとイタリアの明るさが一体になった響きといいましょうか、明るくても騒がしくなく清々しさを感じます。
 ただ、フォルテでも柔らかいため、アクセントやアタックはほとんど効いていません。例えばロッシーニ特有の延々と強くしていくロッシーニ・クレッシェンドの部分は、動き自体ははつらつとしているのですが、力強くはならないためピアノからフォルテになっていく差は表れにくいのです。
 しかし、ロッシーニの曲を演奏するのにロッシーニクレッシェンドを生かせないようでは、手元に大きな消しゴムがあるのにわざわざシャーペンの後ろについている小さな消しゴムを使っているようなものです。もったいないこと事この上ありません。
 その問題をたった一つで解決しているのが、バス・ドラム(大太鼓)。三つ目の印象的な部分はこれです。
 いや、何を隠そう、他の二つ以上にこれが最も印象的でした。
 全体の響きが軽く柔らかい中で、このバス・ドラムだけが、唯一、硬く力強いのです。アクセントやアタックは、ほとんどバス・ドラムだけでつけているといっても過言ではないかもしれません。
 強弱の差もかなり大きく、ロッシーニクレッシェンドの部分で、初めは遠くで叩いているかのように微かな音だったのが、クレッシェンドしていくにつれ、じわじわと近づくように強くなっていき、最後の方は、重く腹に響く音になり、ほとんど他のオーケストラ全体をひっくるめても同等に張り合えるぐらいの存在感が出てきます。このバス・ドラムがあることで、ロッシーニクレッシェンドがたしかにぐんぐん強くなっていったと実感できるのです。
 これだけ重要な役割を果たしているバス・ドラムですが、実は、楽譜にはそこまでの出番は無く、本来より倍ぐらいに増やしています。ロッシーニクレッシェンドの部分も、楽譜上は最後の方にちょこっと登場するだけなのですが、ずっと前の方から音符を書き足して叩かせているのです。さらにもともと音があった小節も叩く拍を動かしたりしていて、楽譜どおりに叩いているのは、全体のせいぜい3割程度なんではないでしょうか。ただ、それだけ大幅に変えてあるだけあって効果的に使われています。
 ついでに、この演奏には本来なら楽器の指定すらないシンバルまで登場し、ロッシーニクレッシェンドのところをいっそう盛り上げていきます。叩き方はマーチでの使われ方に近く、小節の頭拍ではなく、頭拍でバス・ドラムが叩くの受けて、2、3、4の裏拍を細かく叩いています。
 パーカッションでは、他にもティンパニーが登場するはずなのですが、こちらは逆に影が薄く、もしかしたら完全にカットしてしまったのではないかと思うくらい、全く聞こえてきません。バス・ドラムが目立っているので十分だということでしょうか。

 これだけの演奏をするジェルメッティですが、現代の演奏家にしては珍しいぐらいほとんど録音をしていません。
 たぶん師匠であるチェリビダッケの影響なのでしょうが、いい演奏がいろいろありそうなだけに残念です。
 指揮をしているシュトゥットガルト放送響も実力のあるオーケストラですから、このコンビでいろいろな曲を聴いてみたかったものです。(2005/7/2)


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