G.マーラー さすらう若人の歌

指揮ウィレム・メンゲルベルク
独唱バリトン:ヘルマン・シャイ
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1939年11月23日
発売及び
CD番号
ARCHIVE DOCUMENTS(ADCD.116)
Q DISC(97016)
キング(KICC 2063)


このCDを聴いた感想です。


 この曲は、恋に破れた青年の心情を歌っているだけあって、基本的に暗く厭世観漂う曲なのですが、わたしがこの演奏で印象に残ったのは、部分的に登場する少ない明るい部分です。
 そもそもこの曲の中での明るい部分は、いくら歌詞で「この世は何と美しいんだ」とか「すてきな日だ」と歌っていても、本人の心情でもなんでもありません。
 あくまでも周りの人や擬人化された動物達の声であって、本人のどん底のような暗い心情を引き立たせる存在として、明るく登場しているだけです。
 つまり、本人とはかけ離れたまるっきり別世界みたいなものなのですが、メンゲルベルクの演奏だと、別世界どころか既に『この世』ですら無いような気さえしてきます。
 そう、一言で言えば『天国』(笑)
 フワフワしていて、まるで雲に乗っかっているようです。
 心を煩わせる事など何一つ無く、安らかで満ち足りた気分になれる……これ、どう考えても現世の話ではありません(笑)
 しかも、その現世離れした安らかさが、逆にこの天国は決して現実にはあり得ない夢や幻でしかない事を思い知らされるような儚さを感じさせます。
 こういうイメージを抱かせる一番の要因は、弦楽器のポルタメントと響きが柔らかい上に濃いところにあります。

 第1曲の「彼女の婚礼の日は」の中間部辺りが、柔らかくフワフワした雰囲気が最も強く、まるっきり足が地についていないかのような浮遊感が感じられます。
 現世の憂いから解き放たれて心の平安に辿り着いた時というのは、きっとこんな気持ちなんでしょう。

 第4曲の「彼女の青い目が」も、最初暗い雰囲気なのですが、途中の、旅に出て菩提樹に行き当たる辺りから安らかな明るい雰囲気になってきます。
 歌詞の方も「菩提樹の下で憩い、人の世の仕打ちを忘れ、みんな良いものとなった(要約)」という、欲望を捨て去り、ほとんど悟りを開いたかのように安らかに曲が終っていくのですが、メンゲルベルクはここでかなりポルタメントを効かせているため、単に安らかなだけではなく甘さが加わっています。
 そのため、『天国』というよりもどちらかというと『桃源郷』と言いたくなるような雰囲気で、若人が失恋の痛みを癒すために旅に出て、菩提樹の下で癒すはずが、どこでどう間違えたのか、桃源郷に迷い込んで仙人になってしまった、というイメージが浮かんでしまいました(笑)
 ……まあ、これはこれで妙に中国風なところが大地の歌を先取りしたみたいで面白いかもしれません。

 第1曲・第4曲に較べると、同じ明るい雰囲気でも、第2曲の「朝の野辺を歩けば」は、より地に足をつけた現実的な雰囲気があります。
 曲調が力強い事もあって、健康的な明るさで、メンゲルベルクも大体においては硬めでテンポ良く演奏していて、部分的にポルタメントを入れて柔らかくする事はあっても、現世の範囲内に収まっています。

 よく知られた話ですが、この「さすらう若人の歌」と交響曲第1番は、多くの旋律が共通しています。
 メンゲルベルクは残念ながら交響曲第1番の録音は残しませんでしたが、この曲を聴いて、どういう演奏したのか何となく想像できました。(2003/2/1)


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